その五 灰吹に烟りの残る暮の客
灰吹(ふき)に烟(けむ)りの残る暮(くれ)の客 卍 文政十年(一八二七)
「灰吹から大蛇」(『北斎漫画 十二編』)
http://kawasaki.iri-project.org/content/?doi=0447544/01800000H0
「灰吹から大蛇(部分拡大図)」(『北斎漫画 十二編』) (「川崎市市民ミュージアム図録『日本の漫画300年』」より)
※「吐月峰(とげっぽう)」=《静岡市西部の丸子町にある山の名。連歌師宗長が、ここの竹林の竹で灰吹きを作り、吐月峰と名づけたところから》タバコ盆に用いる竹製の灰吹き。
(「デジタル大辞泉」)
※雑俳・しげり柳(1848)「暁にはづむ鞠子の吐月峯」(「精選版 日本国語大辞典」)
※灰吹きから蛇(じゃ)が出る=意外な所から意外なものが出るたとえ。また、ちょっとしたことから途方もないことが生じるたとえ。(「デジタル大辞泉」)
※灰吹きと金持ちは溜まるほど汚い=灰吹きはタバコの吸いがらがたまるほどきたないように、金持ちも財産がふえればふえるほど金にきたなくなる。(「ことわざを知る辞典」)
※煙草盆(たばこぼん)= 喫煙用具を入れる器で、火入れ、刻み煙草入れ、灰吹き(吸殻入れ)が収められ、煙管(きせる)2本を吸口が右になるように置く。寄付(よりつき)や腰掛、薄茶(うすちゃ)席に用意され、客は煙草を吸うほどのくつろいだ気分を味わう(「日本大百科全書(ニッポニカ)『茶道/茶事用語』」)
句意=暮れの大晦日はなんやかんやと人の出入りが多い。煙草盆の吸い殻入れの「灰吹き」(竹筒)も、先客の煙草の吸殻の煙りが未だにくすぶっている。
これに蛇足を付け加えると、つい先だって、北信濃の俳諧寺一茶が亡くなった。中気を患い、無理がたったと、そんな話をして、先ほど川柳会の仲間が、中風気味の吾輩に「この薬を飲んで養生しろ」とのことだ。
そうそう、この年の翌年のこと、長崎のオランダ商館の「シーボルト」さんらが、吾輩の作品や、国禁である日本地図などを国外に持ち出そうとしたとかの、奇妙奇天烈な「シーボルト」事件やらが勃発して、まさに、「灰吹きから蛇(じゃ)が出た」ような、不気味な年であったわい。
句意周辺=文政十年(一八二七)、画狂老人・卍、狂句人・卍は、四月二十九日、五月二十二日、六月五日開催の川柳の会(催主=風松、判者=柳亭種彦)に出席した。その川柳の会での一句である。この頃、中風を患うが、自家製の薬で回復したという。(『没後150年記念葛飾北斎―東西の架け橋(日本経済新聞社編)』所収「葛飾北斎年譜(未定稿)・菅原真弓編」)
この年の十一月十九日、松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師の小林一茶が没した(享年六十五)。 北斎は、宝暦十年(一七六〇)の生まれ、一茶は、宝暦十三年(一七六三)の生まれ、北斎が三歳年上であるが、ほぼ同世代の生まれである。
そして、北斎は、自ら、「葛飾の百姓(性)八右衛門」を号するほどに、「武蔵国葛飾(現・東京都墨田区の一角)の百姓出身、そして、一茶は、信州柏原の百姓の出で、後半生は、継母との遺産相続の農地の争いなど、帰郷して、一百姓である共に、俳諧師としての、二股人生を歩んだ。
一茶は、その六十五年の生涯において、「芭蕉の約千句、蕪村の約二千八百句に比して、一茶、約二万句」(『小林一茶―句による評伝(金子兜太
著)』)と、膨大な句を今に遺している。まさに、句狂(巨)人・俳諧寺一茶の名が相応しい。
一方、「北斎は、絵筆一筋の生活を四十歳から半世紀続けた北斎は、生涯でおよそ三万四千点という膨大な作品を残した。単純計算しても、一日約二点を五十年間描き続けたことになる」(『知られざる北斎(神山典士著)』)と、一茶以上の、「葛飾」の「春朗・宗理・北斎・戴斗・為一・卍・画狂老人・北斎辰政(ときまさ)・三浦屋八右衛門・百姓八右衛門」と変幻自在の、大画狂(巨)人なのである。
そして、一茶が亡くなった翌年の、「シーボルド事件」が勃発した、文政十一年(一八二八)に、画・俳二道を究めた、江戸琳派の創始者の「酒井抱一(姫路藩主・忠以の弟・忠因)」(屠牛・狗禅・鶯村・雨華庵・軽挙道人・庭柏子・溟々居・楓窓・白鳧・濤花、杜陵(綾)・尻焼猿人・屠龍)が没している(享年六十八)。
まさに、この「北斎(宝暦十年生まれ)・抱一(宝暦十一年生まれ)・一茶(宝暦十三年生まれ)」(年齢順)は、江戸後期の最後を飾る、その大道芸を見せてくれる。
葛飾北斎「北斎漫画」十編 香具師 すみだ北斎美術館蔵
https://intojapanwaraku.com/art/4057/
かすむ程たばこ吹つゝ若菜つみ 新年
書簡
一引はたばこかすみやわかなつみ 新年
八番日記
二葉三葉たばこの上に若な哉 新年 文政句帖
二葉三葉たば粉の上の若な哉 新年 文政句帖
永き日やたばこ法度の小金原 春
文政句帖
酒法度たばこ法度や春の雨 春 七番日記
大寺のたばこ法度や春の雨 春 文政句帖
てうちんでたばこ吹也春の風
春 七番日記
春風に二番たばこのけぶり哉 春 七番日記
菜畠やたばこ吹く間の雪げ川 春 文政句帖
雛棚やたばこけぶりも一気色 春 七番日記
参詣のたばこにむせな雀の子 春 七番日記
鶯よたばこにむせな江戸の山 春 七番日記
鶯やたばこけぶりもかまはずに 春 七番日記
蝶(々)立とは吹かざりしたばこ哉 春 文政句帖
さく花にけぶりの嗅いたばこ哉 春 七番日記
青くさきたばこ吹かける桜哉 春 花見の記
涼しさや土橋の上のたばこ盆 夏 八番日記
二番のむつくり見ゆるたばこ哉 秋 享和句帖
老らくもことしたばこのけぶり哉 秋 八番日記
赤くてもことしたばこのけぶり哉 秋 梅塵八番
けぶりともならでことしのたばこ哉 秋 八番日記
けぶりともならでことしのたばこ吹 秋 文政句帖
(鉤柿)=一茶「柿・二十句」
胡麻柿や丸でかぢりし時も有 秋 七番日記
渋い柿灸をすへて流しけり 秋 七番日記
浅ましや熟柿をしやぶる体たらく 秋 七番日記
くやしくも熟柿仲間の坐につきぬ 秋 七番日記
御所柿の渋い顔せぬ罪深 秋 七番日記
渋柿をはむは鳥のまゝ子哉 秋 七番日記
高枝や渋柿一つなつかしき 秋 七番日記
生たりな柿のほぞ落する迄に 秋 七番日記
庵の柿なり年もつもおかしさよ 秋 七番日記
頬べたにあてなどするや赤い柿 秋 八番日記
頬べたにあてなどしたり赤い柿 秋 梅塵八番
甘いぞよ豆粒程も柿の役 秋 八番日記
甘いぞよ豆粒程でも柿の役 秋 梅塵八番
柿の木であえ(と)こたいる小僧哉 秋 八番日記
狙(さる)丸が薬礼ならん柿ふたつ 秋 八番日記
師の坊は山へ童子は柿の木へ 秋 八番日記
渋柿をこらへてくうや京の児 秋 八番日記
渋い柿こらへてくうや京の児 秋 梅塵八番
渋い所母が喰いけり山の柿 秋 八番日記
(無芸大食)=一茶「蕎麦・十句」
蕎麦国のたんを切りつゝ月見哉 秋 おらが春
蕎麦の花たんを切つゝ月見哉 秋 発句鈔追加
更しなの蕎麦の主や小夜砧 秋 享和句帖
徳本の腹をこやせよ蕎麦(の)花 秋 七番日記
日の入のはやき辺りを蕎麦の花 秋 発句鈔追加
雪ちるや御駕へはこぶ二八蕎麦 冬 だん袋
初霜や蕎麦悔る人めづる人 冬 寛政句帖
芭蕉忌の客が振舞ふ夜蕎麦切 冬 発句鈔追加
草のとや先蕎麦切をねだる客 冬 梅塵八番
(曲喰)=一茶「団子・十五句」
草の葉や彼岸団子にむしらるゝ 春 文化句帖
草の家や丁どひがんの団子哉 春 文政句帖
寺町は犬も団子のひがん哉 春 文政句帖
胡左を吹口へ投込め土団子 春 浅黄空
黒土も団子になるぞ梅の花 春 七番日記
有様は我も花より団子哉 春 七番日記
正直はおれも花より団子哉 春 浅黄空
団子など商ひながら花見哉 春 八番日記
としまかりよれば花より団子哉 春 文政句帖
としよりの身には花より団子哉 春 書簡
看板の団子淋しき柳哉 春 享和句帖
十団子玉だれ近く見れけり 夏 いろは別雑録
土団子けふも木がらしこがらしぞ 冬 七番日記
霜がれ(や)胡粉の剥し土団子 冬 八番日記
0 件のコメント:
コメントを投稿