土曜日, 10月 22, 2022

屠龍之技(酒井抱一句集)第一こがねのこま(1-5)

 1-5  かげろふや野馬(のうま)の耳の動く度(たび)

 陽炎(かげろう、かげろふ)=三春。子季語に「野馬(かげろふ・やば)・糸遊・遊糸・陽炎燃ゆ・陽焔・かげろひ・かぎろひ」。

 陽炎や柴胡(さいこ)の糸の薄曇    芭蕉「猿蓑」

かげろふに寝ても動くや虎の耳     其角「其角発句集」

野馬(かげろふ)に子共あそばす狐哉  凡兆「猿蓑」

陽炎や名もしらぬ虫の白き飛(とぶ)  蕪村「蕪村句集」

かげろふや簣(あじか)に土をめづる人 蕪村「蕪村句集」

  この二句目の「かげろふに寝ても動くや虎の耳」(其角)の「かげろふ」は、「かげろふ(陽炎)=三春」か「かげろふ(蜉蝣=初秋)・かげろふ(蜻蛉=三秋)」か、それとも、「陽炎と蜉蝣・蜻蛉」とが掛詞になっているのかと、いろいろと悩ましい、これまた「謎句」的な仕掛けのある句なのであろう。

 この句には、「四睡図」という前書が付してあり、『其角発句集(坎窩久臧考訂)』では、「豊干禅師、寒山、拾得と虎との睡りたる図」との頭注(同書p180)がある。 

 其角が、どういう「四睡図」を見たのかは定かではないが、実は、其角の師匠の芭蕉にも、次のような「四睡図」を見ての即興句が遺されている。

  月か花かとへど四睡の鼾(いびき)哉  ばせお (真蹟画賛、「奥羽の日記」)

 この芭蕉の句は、「おくの細道」の「羽黒山」での、「羽黒山五十代の別当・天宥法印の『四睡図』の画賛」なのである。

 










芸阿弥(室町時代)「四睡図」(部分拡大図)(「ウィキペディア」)

 









長沢芦雪筆(18世紀)「四睡図」(部分図)(「ウィキペディア」)

 









菱川師宣(1701)「四睡図」(部分図)(「ウィキペディア」) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E7%9D%A1%E5%9B%B3

  其角の「かげろふに寝ても動くや虎の耳」の「虎の耳」は、芭蕉の「月か花かとへど四睡の鼾哉」の「四睡図」に描かれている「虎の耳」を背景にしているのかも知れない。と同時に、この其角の句は、同じく、芭蕉の、その『猿蓑』に収載されている「陽炎」の句の、「陽炎や柴胡(さいこ)の糸の薄曇」をも、その背景にしているように思われる。

 この「柴胡(さいこ)の糸」というのは、薬草の「セリ科の植物のミシマサイコの漢名、和名=翁草」で、その糸ような繊細な「柴胡」を、「糸遊」の別名を有する「陽炎」と「見立て」の句なのである。

 そして、其角は、芭蕉の、その「糸ような繊細な『柴胡』=「陽炎」という「見立て」を、「かげろふ」=「陽炎」=「薬草の糸のような柴胡」(芭蕉)=「蜉蝣(透明な羽の薄翅蜉蝣・薄羽蜉蝣・蚊蜻蛉)」(其角)と「見立て替え」して、「蕉風俳諧・正風俳諧」(『猿蓑』の景情融合・姿情兼備の俳風)から「洒落風俳諧」(しゃれ・奇抜・機知を主とする俳風)への脱皮を意図しているような雰囲気なのである。

 (『猿蓑』の「陽炎」の句)

 陽炎や/取つきかぬる雪の上      荷兮(かけい)

かげろふや/土もこなさぬあらおこし  百歳

かげろふや/ほろほろ落る岸の砂    土芳

いとゆふのいとあそぶ也虚木立(からきだて)  伊賀 氷固(ひょうこ)

野馬(かげろふ)に子共あそばす狐哉  凡兆

かげろふや/柴胡の糸の薄曇      芭蕉

(「洒落風」其角俳諧)

かげろふに寝ても動くや虎の耳     其角「其角発句集」

かげろふや野馬(のうま)の耳の動く度 抱一『屠龍之技』


 1-5  かげろふや野馬(のうま)の耳の動く度(たび)

  句意=「陽炎(かげろう)」が立つ野辺に、「かげろう(野馬)」の異名をもつ「野馬(のうま・やば)」が「四睡図」の虎のように寝入っていて、その耳に「かげろう(蜉蝣)」が止まるのか、時折、耳を動かしている。

 (参考)英一蝶の「風流四睡図」周辺

 

「風流四睡 英一蝶」(「ウィキメディア・コモンズ、フリーメディアリポジトリ」)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E9%A2%A8%E6%B5%81%E5%9B%9B%E7%9D%A1_%E8%8B%B1%E4%B8%80%E8%9D%B6.jpg

  其角の畏友「英一蝶」は、「四睡図」の「豊干禅師」=「花魁(おいらん)」、「寒山・拾得」=「二人の禿(かむろ)」、「虎」=「猫」に「見立て替え」して、「風流四睡図」を描いている。其角が、この「風流四睡図」に画賛をすれば、次のような句になる。

       かげろふに寝ても動くや猫の耳 

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