その三 焼いて見つ煮て見つ鯛の古さ哉
焼いて見つ煮て見つ鯛の古さ哉(かな) 百姓 天保十二年(一八四一)
●「腐っても鯛」の「捩り」=「腐っても鯛」=「もともと立派なものや優れた価値のあるものは、落ち目になったり悪条件のもとにおかれても、なおそのよさや品格を保つことのたとえ。(略)
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[解説] 古くは、中国にならい鯉を最上位の魚としましたが、江戸中期には、姿や色が美しく味もよいことから、鯛を最高級の魚と評価するようになりました。また、「めでたい」に通じることから祝い膳に欠かせないものとなり、進物にも用いられました。福の神の恵比須が抱えているのも鯛で、正月には干鯛二尾を縄で結び合わせ、かまどや門松にかけて飾る懸け鯛もありました。
「腐っても」という背景には、正月に塩焼きにして飾った鯛を、後日、吸い物や煮物などにする風習があったようです。鯛は身がしっかりしていて、少し古くなって多少臭ってきても、外見があまり変わらず、品位を保っているように見えることから言い出されたものでしょう。ことわざは比喩的に使われ、品物とかぎらず、没落した旧家や大店などについていうことが少なくありません。(出典「ことわざを知る辞典」)
●「起きて見つ/寝て見つ/蚊帳の/広さかな」の「本歌取り(本句取り・文句取り)」=起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな」(「千代女」の作とも「浮橋」の作ともいわれている。)
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意味=恋しい人を思って一人寝をするとなかなか寝つけず、起き上がって見、また横になって見てつくづく蚊帳の広さを感じることだ。主人が亡くなって一人で寝る蚊帳の広さ。
作者=浮橋=うきはし。生没年未詳。江戸前期の人。吉原の有名な遊女。千代女の句ともいわれている。(出典・福武書店「名歌名句鑑賞事典」)
句意=正月元旦のおめでたい「お頭付きの鯛」、「にらみ鯛」で、正月三が日、「起きて見っ・寝て見っして」、そのまま「箸を付けない」で、さて、四日目に、「焼いて見つ・煮て見つ」したが、やはり硬くなって風味は落ちて、もう、これは、「出し汁」に仕上げる以外に術ない。即ち、「鯛の古さかな」の「句狂人卍・月痴老人北斎・百姓八右衛門=百姓」の狂句とあいなった。(やや、興に乗りすぎた句意で、「焼いてみても、煮てみても、これはこれ、腐っても『鯛』で、恰好は良いのだが、どうにも食えたものではない」というのが無難か?)
「宝船の七福神
葛飾北斎筆 」 江戸時代・19世紀 (東京国立博物館蔵)
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2013/12/27/%E5%8C%97%E6%96%8E%E3%81%AE%E5%AE%9D%E8%88%B9/
『正月になると初夢で一年を占いました。元日の夜(あるいは2日の夜)に見るのが初夢とされ、良い夢を見るために、宝船売りが縁起のよい宝船の絵を売り歩きました。これを枕の下に入れて、吉夢を呼び込むのです。
(略)
葛飾北斎が「勝川春朗」と名乗っていた30歳前後の時期に描かれた「宝船図」。
(略)
七福神が龍頭の船に乗っています。恵比須が鯛を釣り上げ、千年長寿の鶴が飛び、万年長寿の蓑亀が船に乗り込もうとしています。
(略)
枕に敷く宝船図には、回文が添えられていたそうです。この図にも「なかきよの とをのねふりの ミなめさめ なミのりふねの をとのよきかな(長き夜の
遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな)」とあります。
一年を占ういかにも縁起のよい夢が見られそうな作品です。』(「東京国立博物館・1089ブログ」)
河鍋暁斎筆『狂斎百図』所収「腐っても鯛」
https://twitter.com/i/events/863604214924140547
『めでたいと言って鯛は珍重される。よいものは最後までよいことの例えだが、これでは困りますね。根付に採用されていますよ。』(「館長河鍋による 暁斎1cut」)
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