木曜日, 10月 27, 2022

北斎の狂句(その四)

 その四 起きてみつ寝てみつ蚊帳をあしたうけ 

起きてみつ寝てみつ蚊帳(かや)をあしたうけ  万仁 文化五年(一八〇八)

 ●「起きてみつ/寝てみつ/蚊帳の/広さかな」の「本歌取り(本句取り・文句取り)」。

※本歌取り=歌学用語。典拠のしっかりした古歌 (本歌) の一部を取って新たな歌を詠み,本歌を連想させて歌にふくらみをもたせる技法。「苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」 (『万葉集』) を本歌として「駒とめて袖うち払ふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮」 (『新古今集』) が詠まれるなどがその例。『万葉集』『古今集』にもこれに類する方法は行われていたが,平安時代末期,藤原俊成の頃から意識的に行われた。藤原定家はその技法を規定し,(1) 本歌は三代集またはその時代のすぐれた歌人の歌に限る,(2) 本歌の2句と34字程度の長さを取るのがよい,(3) 取った句の位置は本歌と異なるのがよい,(4) 春の歌を取って恋の歌を詠むというように主題を変えるのがよいとした。時代が下がるにつれ,本歌の範囲は広がり,細かくその方法が論じられて,中世ではごく普通に用いられる技法だった。なお物語や漢詩文に典拠をもつ場合は「本説 (ほんぜつ) 」があるといい,漢詩文の場合は「本文 (ほんもん) 」があるともいう。和歌だけでなく,連歌でも行われた。(出典「ブリタニカ国際大百科事典」)

世に経(ふ)るは苦しきものを槇の屋にやすくも過ぐる初時雨かな 二条院讃岐「新古今」

世にふるもさらにしぐれの宿りかな 宗祇「新撰苑玖波集・巻二十」

世にふるもさらに宗祇のやどり哉  芭蕉「虚栗」     

初しぐれ猿も小蓑をほしげ也    芭蕉「猿蓑」

あれ聞けと時雨来る夜の鐘の聲   其角「猿蓑」

 https://jhaiku.com/haikudaigaku/archives/1225

 その中に唯の雲あり初時雨    加賀千代女

はつしぐれ何所やら竹の朝朗    

はつ時雨見に出た我は残りけり   同

はつ時雨野にととのふたものは水  同

まだ鹿の迷ふ道なり初しぐれ    同

京へ出て目にたつ雲や初時雨    同

初しぐれ京にはぬれず瀬田の橋   同

初しぐれ水にしむほど降にけり   同

初しぐれ風もぬれずに通りけり   同

晴てから思ひ付けりはつしぐれ   同

草は寝て根にかへりけり初しぐれ  同

眺めやる山まで白しはつ時雨    同

田はもとの地に落付や初時雨    同

日の脚に追はるる雲や初時雨    同

柳には雫みじかしはつ時雨     同

露はまた露とこたえて初しぐれ   同

●「あしたうけ」=「明日(あした)受け(質受け(する)=質受けとは、元金と質料を支払って、質屋に預けている品物(質草)を受け戻す事。

※「抜け」=「抜け風」=「抜け句」=「ヌケ」=「俳諧で、主題を句の表面にあらわさないで、なぞめいた余意によってそれと暗示させる手法。談林俳諧で流行したもの。たとえば『鹿を追ふ猟師か今朝の八重霞〈舟中〉』では『鹿を追ふ猟師山を見ず』」の諺から「山を見ず」という詞が「ぬけ」になっている。ぬけがら。」(出典精選版 日本国語大辞典))=「あした(あした)『質(「ヌケ」)=省略されている』うけ(受け)」=「明日質受けする」の意。

 句意=「起きてみつ/寝てみつ/蚊帳の/広さかな」、この句は加賀の千代女の作とか、江戸吉原の名妓・浮橋の句ともされているが、もうどうにも、質入れしてしまった『蚊帳』がないと『ダメ・ダメ』と、「ネテもサメても」頭から去らずに、「明日、必ず、質受けする」と、ここで一句、「卍」にあらず「万仁」の名をもって、認めた。」

 

北斎筆「夕顔棚納涼」(「信州小布施 北斎館蔵」)

紙本著色一幅 八十四老卍筆 印=葛し可 101.2×28.8㎝ (『北斎館肉筆大図鑑』)

 

北斎筆「夕顔棚納涼」(部分拡大図)(「信州小布施 北斎館蔵」)

https://hokusai-kan.com/news/1191/

  『北斎館肉筆大図鑑(p66)』によると、この「団扇には菊(除虫菊)が描かれ、蚊よけを意味する」とか。そして、これは、「夕顔のさける軒端の下涼み男はててれ女はふたの物」の歌や、村田了阿の「楽しみは夕顔棚の下涼み男はててら(褌、襦袢)女はふたの(腰巻)して」とを踏まえているという。

 さらに、ここに描かれている男女(夫婦?)は、二人とも煙管(キセル)を加えている。

https://www.tabashio.jp/collection/tobacco/t14/index.html

 『 たばこは、江戸文化にとけ込み、欠かせない風俗のひとつとなりました。特に庶民にとっては数少ない身近な楽しみであり、生活のなかのいこいとして疲れをいやすものでした。また、会話しながらの一服は、雰囲気をなごやかなものにし、来客にはもてなしのひとつとなるなど、社交の場でも活躍したのです。いつでも喫煙できるように行楽や旅にも携えられました。きせるやたばこ入れの喫煙具にも、庶民の「粋」の精神が発揮され、人よりも凝ったものや、良いものを持つことが自慢されていました。』

 ここで、北斎(万仁)の「起きてみつ寝てみつ蚊帳(かや)をあしたうけ」の句が、加賀・千代女(江戸吉原の名妓・浮橋とも)の「本歌取り(本句取り)」の句とするならば、この北斎(八十四老卍筆)の「夕顔棚納涼」は、次の、狩野探幽の弟子・久隅守景の「夕顔棚納涼図屏風』の、その「本絵取り」ということになろう。 

 

「夕顔棚納涼図屏風』 作者:久隅守景 17世紀末作 二曲一隻 紙本淡彩 

150.5cm×167.5cm  収蔵場所 東京国立博物館(東京都・上野)

http://artmatome.com/%E3%80%8E%E5%A4%95%E9%A1%94%E6%A3%9A%E7%B4%8D%E6%B6%BC%E5%9B%B3%E5%B1%8F%E9%A2%A8%E3%80%8F%E3%80%80%E4%B9%85%E9%9A%85%E5%AE%88%E6%99%AF/

『夕顔棚の下で農民一家が夕涼みをしている場面。題材は木下長潚子(15691649)の和歌「夕顔のさける軒はの下すずみ、おとこはててれめはふたの物」であると言われている。男はててれめ(襦袢)姿で、女はふたの物(腰巻)である。この穏やかな農民の表情に共感を覚える人々が多かったと思われる。』

 (参考)「蚊帳」「蚊遣火」「若煙草」周辺

 「蚊帳(かや)」=三夏

近江蚊帳汗やさざ波夜の床   芭蕉「六百番発句集」

ひとり居や蚊帳を着て寝る捨心 来山「童子教」

釣りそめて蚊帳面白き月夜かな 言水「前後園」

仰いてながむる蚊帳の一人かな 太祗「太祗句集」

蚊帳の内朧月夜の内待哉     蕪村「遺稿」

「蚊遣火(かやりび )」= 三夏

蚊遣火の煙の中になく子かな    蝶夢「草根発句集」

あはれとより外には見えぬ蚊遣かな 嵐雪「其袋」

旅寝して香わろき草の蚊遣かな   去来「続虚栗」

燃え立つて貌はづかしき蚊やりかな 蕪村「連句会草稿」

もゆるときぱつと涼しき蚊遣かな  麦水「葛箒」

 「若煙草(わかたばこ)」= 三秋

たばこ干す山田の畔の夕日かな   其角「五元集」

若たばこ軒むつまじき美濃近江   蕪村「夜半叟句集」

たばこ干す寺の座敷に旅寝かな   几董「晋明集二稿」

わかたばこ丹波の鮎の片荷かな   維駒「五車反古」

 

『春宵一服煙草二抄』(山東京山伝編)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539856

 https://sites.google.com/site/komonzyokai2/%E6%98%A5%E5%AE%B5%E4%B8%80%E6%9C%8D%E7%85%99%E8%8D%89%E4%BA%8C%E6%8A%84

くゆらする

 野べのきせるも

    桜ばり

 よしの烟草に

  立つしら雲

      山東京山

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