4-51 月の鹿ともしの弓や遁(れ)来て
季語=月の鹿=鹿(しか)/三秋
https://kigosai.sub.jp/001/archives/2217
【子季語】すずか、すがる、しし、かのしし、紅葉鳥、小鹿、牡鹿、小牡鹿、鹿鳴く、鹿の声
【関連季語】春の鹿、鹿の子、鹿の袋角、鹿の角切、鹿垣
【解説】鹿は秋、妻を求めて鳴く声が哀愁を帯びているので、秋の季語になった。公園などでも飼われるが、野生の鹿は、畑を荒らすので、わなを仕掛けたり、鹿垣を設えたりして、人里に近づけないようにする。
【例句】
ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿 芭蕉「笈日記」
女をと鹿や毛に毛がそろうて毛むつかし 芭蕉「貝おほひ」
ひれふりてめじかもよるや男鹿島 芭蕉「五十四郡」
(参考)「月」(三秋)、そして、「ともし(照射)」(三夏)も季語だが、ここは、この句の前書の「秋にはたへぬと良経公の御うたにも」で、この句の主題(狙い)と季語(主たる季語)は「鹿」ということになる。そして、この「秋にはたへぬと良経公の御うたにも」は、「九条良経(藤原良経)」の「たぐへくる松の嵐やたゆむらん峯(を)のへにかへるさを鹿の声(新古444)」などを指しているように思われる。
句意(その周辺)=この句を前書抜きにして、字面だけで句意を探ると、「夏の『ともし(照射))の矢(仕掛け罠)を『遁(れ)来て』、今や、『月の秋の雌鹿を求めて鳴く牡鹿の声が谺(こだま)する季節』となったよ。」ということになる。
ここに、前書の「良経公の御うたにも」の、「たぐへくる松の嵐やたゆむらん峯(を)のへにかへるさを鹿の声(新古444)」を加味すると、「たぐへくる」(「連れ添ってくる」)、「たゆむらん」(弱まっている)の用例で、「秋にはたへぬ」の「たへぬ」(「耐へぬ」と「絶へぬ」の両義がある)の用例ではない。
しかし、これらの「たぐへくる」・「たゆむらん」・「たへぬ」という用例は、相互に親近感のある用例で、その底流には「哀感・哀愁・悲哀」」などを漂わせているような雰囲気を有している。
すなわち、この前書の「秋にはたへぬと良経公の御うたにも」は、具体的に、特定の一首を指しているのではなく、例えば、次のように、数首から成る「多重性」のある前書のようにも思えるのである。
「鹿」
たぐへくる松の嵐やたゆむらん峯(を)のへにかへるさを鹿の声(新古444)
ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿 芭蕉「笈日記」
「月」
ゆくすゑは空もひとつの武蔵野に草の原よりいづる月かげ(新古422)
武蔵野や一寸ほどな鹿の声 芭蕉「俳諧当世男」
「たへぬ」
のちも憂ししのぶにたへぬ身とならばそのけぶりをも雲にかすめよ(月清集)
俤や姨ひとりなく月の友 芭蕉「更科紀行」
これらの作業を通して、抱一の掲出句の句意を探ると次のようになる。
句意=「良経公の御うた」にも、数々の「秋にはたへぬ」、その「月の鹿」を詠んでいるものがあるが、「月の友」を求めて、かぼそく鳴いている「鹿」の声を聴いていると、あの「鹿」は、「ともしの弓を遁れ来て」、武蔵野の奥へ奥へと、唯々、「こころの友」を求めて、「月」に向かって泣いているように聞こえてくる。
俵屋宗達筆「鹿に月図」(「山種美術館」蔵)
http://blog.livedoor.jp/a_delp/archives/1040394436.html
≪ 抱一の《風神雷神図屏風》の模写は、尾形光琳の模写をさらに模写したもので、宗達の《風神雷神図屏風》(国宝)を知らなかったと言われています。抱一は、その他の宗達の絵も知らなかったのでしょうか。《鹿に月図》(宗達筆)と《秋草鶉図》(抱一筆)の月は、形も色彩も酷似しているので、抱一が宗達の絵を観て、その天才的な感性に対するオマージュとして引用したこともあり得るのではないでしょうか。≫
4-52 黒楽の茶碗の欵やいなびかり
https://kigosai.sub.jp/?s=%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%B3%E3%81%8B%E3%82%8A&x=0&y=0
【子季語】稲光、稲の殿、稲の妻、稲の夫、稲つるみ、いなつるび、いなたま
【関連季語】雷
【解説】空がひび割れるかのように走る電光のこと。空中の放電現象によるものだが、その大音響の雷が夏の季語なのに対し、稲妻が秋の季語となっているのは、稲を実らせると信じられていたからである。
【例句】
稲妻を手にとる闇の紙燭かな 芭蕉「続虚栗」
稲妻に悟らぬ人の貴さよ 芭蕉「己が光」
あの雲は稲妻を待つたより哉 芭蕉「陸奥鵆」
稲妻やかほのところが薄の穂 芭蕉「続猿蓑」
いなづまや闇の方行五位の声 芭蕉「続猿蓑」
稲妻や海の面をひらめかす 芭蕉「蕉翁句集」
いなづまやきのふは東けふは西 其角「曠野」
いなづまや堅田泊りの宵の空 蕪村「蕪村句集」
季語的には、「「ふき(蕗)」(初夏)、「つわぶき(橐吾)」(初冬)で、「いなびかり」(三秋)との「取り合わせ」では、「つわぶき(橐吾)」(初冬)の「石蕗(つわ・つは・ツワ)の花」の「欵(ツワ)」の詠みと意に解したい。
そして、抱一には、下記の蕊が黄色の「白椿に楽茶碗図」があるが、この黄色い蕊色の、「欵(ツワ)の花」をイメージしたい。
抱一画集『鶯邨画譜』所収「白椿に楽茶碗図」(「早稲田大学図書館」蔵)
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi04/chi04_00954/chi04_00954.html
4-52
黒楽の茶碗の欵(ツワ)やいなびかり
4-53
かけ稲を屏風に眠る小鷺哉
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【子季語】稲掛/掛稲/稲塚/稲叢/稲堆/稲垣/干稲
【解説】刈り取った稲を稲架などに掛けて、天日で乾燥させること。近頃では、火力で乾燥させることが多いが、米のうま味は天日乾燥のほうがはるかに勝る。
【例句】
松原に稲を干したり鶴の声 才麿「椎の葉」
かけ稲や大門ふかき並木松 太祇「太祇句選後篇」
かけ稲に鼠鳴くなる門田かな 蕪村「安永四年句稿」
かけ稲やあらひあげたる鍬の数 白雄「白雄句集」
稲かけし夜より小藪は月よかな 一茶「文化句帖」
(参考)
冬鷺(ふゆさぎ)/ 三冬
【子季語】残り鷺
【解説】冬の間、日本に留まる鷺の総称。サギ科には様々な属があるが、冬鷺の多くはコサギ属とアオサギ属である。灰色の冬の景の中で白い小鷺はひときわ目立つ。蒼鷺の体色は灰色を帯びた青。残り鷺とは冬になっても南に帰ることができなかったものをいう。
酒井抱一筆「十二ヵ月花鳥図」 絹本著色 十二幅の六幅 各一四〇・〇×五〇・〇
(「宮内庁三の丸尚蔵館」蔵) 右より 「一月 梅図に鶯図」「二月 菜花に雲雀図」「三月 桜に雉子図」「四月 牡丹に蝶図」「五月 燕子花に水鶏図」「六月 立葵紫陽花に蜻蛉図」
酒井抱一筆「十二ヵ月花鳥図」 絹本著色 十二幅の六幅 各一四〇・〇×五〇・〇
(「宮内庁三の丸尚蔵館」蔵) 右より 「七月 玉蜀黍朝顔に青蛙図」「八月 秋草に螽斯(しゅうし=いなご)図」「九月 菊に小禽図」「十月 柿に小禽図」「十一月 芦に白鷺図」「十二月 檜に啄木鳥図」
≪ 十二の月に因む植物と鳥や昆虫を組み合わせ、余白ある対角線構図ですっきりかつ隙のない構成で描き出す。いかにも自然だと共感できる姿が選び抜かれ、モチーフ相互の関係も絶妙に作られている。多くの十二ヵ月花鳥図の中で、唯一、終幅に「文政癸未年」(文政六年=一八二三)と年紀があり、抱一六十三歳の作とわかる基準作。抱一が晩年に洗練を究めた花鳥画の到達点であり、伏流となって近現代まで生き続ける江戸琳派様式の金字塔である。≫(『酒井抱一と江戸琳派の全貌(松尾知子・岡野智子編)』所収「図版解説162(松野知子稿)」)
https://sakai-houitsu.blog.ss-blog.jp/2020-01-22
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