木曜日, 10月 26, 2023

夏目漱石俳句集(その一~その三)

 夏目漱石俳句集(その一)<制作年順> 明治22年~明治27年(1~52)

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明治22年(1889年)

1 帰ろふと泣かずに笑へ時鳥
2 聞かふとて誰も待たぬに時鳥

明治23年(1890年)

3 西行も笠ぬいで見る富士の山
4 寐てくらす人もありけり夢の世に
5 峰の雲落ちて筧に水の音
6 東風吹くや山一ぱいの雲の影
7 白雲や山又山を這ひ回り

明治24年(1891年)

8 馬の背で船漕ぎ出すや春の旅
9 行燈にいろはかきけり秋の旅
10 親を持つ子のしたくなき秋の旅
11 さみだれに持ちあつかふや蛇目傘
12 見るうちは吾も仏の心かな
13 蛍狩われを小川に落しけり
14 藪陰に涼んで蚊にぞ喰はれける
15 世をすてゝ太古に似たり市の内
16 雀来て障子にうごく花の影
17 秋さびて霜に落けり柿一つ
18 吾恋は闇夜に似たる月夜かな
19 柿の葉や一つ一つに月の影
20 涼しさや昼寐の夢に蝉の声
21 あつ苦し昼寐の夢に蝉の声
22 とぶ蛍柳の枝で一休み
23 朝貌に好かれそうなる竹垣根
24 秋風と共に生へしか初白髪
25 朝貌や咲た許りの命哉
26 細眉を落す間もなく此世をば
27 人生を廿五年に縮めけり
28 君逝きて浮世に花はなかりけり
29 仮位牌焚く線香に黒む迄
30 こうろげの飛ぶや木魚の声の下
31 通夜僧の経の絶間やきりぎりす
32 骸骨や是も美人のなれの果
33 何事ぞ手向し花に狂ふ蝶
34 鏡台の主の行衛や塵埃
35 ますら男に染模様あるかたみかな
36 聖人の生れ代りか桐の花
37 今日よりは誰に見立ん秋の月

明治25年(1892年)

38 鳴くならば満月になけほとゝぎす
39 病む人の巨燵離れて雪見かな

明治27年(1894年)

40 何となう死に来た世の惜まるゝ
41 春雨や柳の中を濡れて行く
42 大弓やひらりひらりと梅の花
43 矢響の只聞ゆなり梅の中
44 弦音にほたりと落る椿かな
45 弦音になれて来て鳴く小鳥かな
46 春雨や寐ながら横に梅を見る
47 烏帽子着て渡る禰宜あり春の川
48 小柄杓や蝶を追ひ追ひ子順礼
49 菜の花の中に小川のうねりかな
50 風に乗って軽くのし行く燕かな
51 尼寺に有髪の僧を尋ね来よ
52 花に酔ふ事を許さぬ物思ひ

夏目漱石俳句集(その二)<制作年順> 明治28年(53~516)

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明治28年(1895年)

53 夜三更僧去つて梅の月夜かな
54 ゆく水の朝な夕なに忙しき
55 将軍の古塚あれて草の花
56 鐘つけば銀杏ちるなり建長寺
57 白露や芙蓉したたる音すなり
58 長き夜を唯蝋燭の流れけり
59 乗りながら馬の糞する野菊哉
60 馬に二人霧をいでたり鈴のおと
61 泥亀のながれ出でたり落し水
62 うてや砧これは都の詩人なり
63 明けやすき七日の夜を朝寝かな
64 秋の蝉死に度くもなき声音かな
65 柳ちるかたかは町や水のおと
66 風ふけば糸瓜をなぐるふくべ哉
67 爺と婆さびしき秋の彼岸かな
68 稲妻やをりをり見ゆる滝の底
69 親一人子一人盆のあはれなり
70 夕月や野川をわたる人はたれ
71 蓑虫のなくや長夜のあけかねて
72 便船や夜を行く雁のあとや先

73 蘭の香や門を出づれば日の御旗 (「子規へ送りたる句稿一・三十二句)
74 芭蕉破れて塀破れて旗翩々たり (同上)
75 朝寒に樒売り来る男かな    (同上)
76 朝貌や垣根に捨てし黍のから  (同上)
77 柳ちる紺屋の門の小川かな (同上)
78 見上ぐれば城屹として秋の空  (同上)
79 烏瓜塀に売家の札はりたり   (同上)
80 縄簾裏をのぞけば木槿かな   (同上)
81 崖下に紫苑咲きけり石の間   (同上)
82 独りわびて僧何占ふ秋の暮   (同上)
83 痩馬の尻こそはゆし秋の蠅   (同上)
84 鶏頭や秋田漠々家二三     (同上) 
85 秋の山南を向いて寺二つ    (同上)
86 汽車去つて稲の波うつ畑かな  (同上)
87 鶏頭の黄色は淋し常楽寺    (同上)
88 杉木立中に古りたり秋の寺   (同上)
89 尼二人梶の七葉に何を書く   (同上)
90 聨古りて山門閉ぢぬ芋の蔓   (同上)
91 渋柿や寺の後の芋畠      (同上)
92 肌寒や羅漢思ひ思ひに坐す   (同上)
93 秋の空名もなき山の愈高し   (同上)
94 曼珠沙花門前の秋風紅一点   (同上)
95 黄檗の僧今やなし千秋寺    (同上)
96 三方は竹緑なり秋の水     (同上)
97 藪影や魚も動かず秋の水    (同上)
98 山四方中を十里の稲莚<    (同上)
99 一里行けば一里吹くなり稲の風 (同上)
100 色鳥や天高くして山小なり  (同上)
101 大藪や数を尽して蜻蛉とぶ  (同上)
102 秋の山後ろは大海ならんかし (同上)
103 土佐で見ば猶近からん秋の山 (同上)
104 帰燕いづくにか帰る草茫々  (同上)
105 春三日よしのゝ桜一重なり  (同上)
106 驀地に凩ふくや鳰の湖    (同上)
107 わがやどの柿熟したり鳥来たり(同上)
108 掛稲やしぶがき垂るる門構  (同上)
109 疾く帰れ母一人ます菊の庵  (同上)
110 秋の雲只むらむらと別れ哉  (同上)
111 見つゝ行け旅に病むとも秋の不二(同上)
112 この夕野分に向て分れけり   (同上)
113 お立ちやるかお立ちやれ新酒菊の花(同上)

114 凩に裸で御はす仁王哉      (「子規へ送りたる句稿二・四十六句)
115 吹き上げて塔より上の落葉かな  (同上)
116 五重の塔吹き上げられて落葉かな (同上)
117 滝壺に寄りもつかれぬ落葉かな  (同上)
118 半途より滝吹き返す落葉かな   (同上)
119 男滝女滝上よ下よと木の葉かな  (同上)
120 時雨るゝや右手なる一の台場より (同上)
121 洞門に颯と舞ひ込む木の葉かな  (同上)
122 御手洗や去ればこゝにも石蕗の花 (同上)
123 寒菊やこゝをあるけと三俵    (同上)
124 冬の山人通ふとも見えざりき   (同上)
125 此枯野あはれ出よかし狐だに   (同上)
126 閼伽桶や水仙折れて薄氷     (同上)
127 凩に鯨潮吹く平戸かな      (同上)
128 勢ひひく逆櫓は五丁鯨舟     (同上)
129 枯柳芽ばるべしども見えぬ哉   (同上)
130 茶の花や白きが故に翁の像    (同上)
131 山茶花の折らねば折らで散りに鳧 (同上)
132 時雨るゝや泥猫眠る経の上    (同上)
133 凩や弦のきれたる弓のそり    (同上)
134 飲む事一斗白菊折つて舞はん哉  (同上)
135 憂ひあらば此酒に酔へ菊の主   (同上)
136 黄菊白菊酒中の天地貧ならず   (同上)
137 菊の香や晋の高士は酒が好き   (同上)
138 兵ものに酒ふるまはん菊の花   (同上)
139 紅葉散るちりゝちりゝとちゞくれて(同上)
140 簫吹くは大納言なり月の宴    (同上)
141 紅葉をば禁裏へ参る琵琶法師   (同上)
142 紅葉ちる竹縁ぬれて五六枚    (同上)
143 麓にも秋立ちにけり滝の音    (同上)
144 うそ寒や灯火ゆるぐ滝の音    (同上)
145 宿かりて宮司が庭の紅葉かな   (同上)
146 むら紅葉是より滝へ十五丁    (同上)
147 雲処々岩に喰ひ込む紅葉哉    (同上)
148 見ゆる限り月の下なり海と山   (同上)
149 時鳥あれに見ゆるが知恩院    (同上)
150 名は桜物の見事に散る事よ    (同上)
151 巡礼と野辺につれ立つ日永哉   (同上)
152 反橋に梅の花こそ畏しこけれ   (同上)
153 初夢や金も拾はず死にもせず   (同上)
154 柿売るや隣の家は紙を漉く    (同上)
155 蘆の花夫より川は曲りけり    (同上)
156 春の川故ある人を脊負ひけり   (同上)
157 草山の重なり合へる小春哉    (同上)
158 時雨るゝや聞としもなく寺の屋根 (同上)
159 憂き事を紙衣にかこつ一人哉   (同上)

160 日の入や秋風遠く鳴て来る   

161 はらはらとせう事なしに萩の露


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162 煩悩は百八減つて今朝の春  (「子規へ送りたる句稿三・四十二句)
163 ちとやすめ張子の虎も春の雨 (同上)
164 恋猫や主人は心地例ならず  (同上)
165 見返れば又一ゆるぎ柳かな  (同上)
166 不立文字白梅一木咲きにけり (同上)
167 春風や女の馬子の何歌ふ   (同上)
168 春の夜の若衆にくしや伊達小袖(同上)
169 春の川橋を渡れば柳哉    (同上)
170 うねうねと心安さよ春の水  (同上)

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171 思ふ事只一筋に乙鳥かな   (同上)
172 鶯や隣の娘何故のぞく    (同上)
173 行く春を鉄牛ひとり堅いぞや (同上)
174 春の雨鶯も来よ夜着の中   (同上)
175 春の雨晴れんとしては烟る哉 (同上)
176 咲たりな花山続き水続き   (同上)
177 桜ちる南八男児死せんのみ  (同上)
178 鵜飼名を勘作と申し哀れ也  (同上)
179 時鳥たつた一声須磨明石   (同上)
180 五反帆の真上なり初時鳥   (同上)
181 裏河岸の杉の香ひや時鳥   (同上)
182 猫も聞け杓子も是へ時鳥   (同上)
183 湖や湯元へ三里時鳥     (同上)
184 時鳥折しも月のあらはるゝ  (同上)
185 五月雨ぞ何処まで行ても時鳥 (同上)
186 時鳥名乗れ彼山此峠     (同上)
187 夏痩の此頃蚊にもせゝられず (同上)
188 棚経や若い程猶哀れ也    (同上)
189 御死にたか今少ししたら蓮の花(同上)
190 百年目にも参うず程蓮の飯  (同上)
191 蜻蛉や杭を離るゝ事二寸   (同上)
192 轡虫すはやと絶ぬ笛の音   (同上)
193 谷深し出る時秋の空小し   (同上)
194 雁ぢやとて鳴ぬものかは妻ぢやもの(同上)
195 鶏頭に太鼓敲くや本門寺   (同上)
196 朝寒の鳥居をくゞる一人哉   (同上)
197 稲刈りてあないたはしの案山子かも(同上)
198 時雨るや裏山続き薬師堂    (同上)
199 時雨るや油揚烟る縄簾     (同上)
200 海鼠哉よも一つにては候まじ  (同上)
201 淋しいな妻ありてこそ冬籠   (同上)
202 弁慶に五条の月の寒さ哉    (同上)
203 行春や候二十続きけり     (同上)

子規へ送りたる句稿四.jpg

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204 誰が家ぞ白菊ばかり乱るゝは (「子規へ送りたる句稿四・五十句)
205 渋柿の下に稲こく夫婦かな (同上)
206 茸狩や鳥居の赤き小松山  (同上)
207 秋風や坂を上れば山見ゆる (同上)
208 花芒小便すれば馬逸す   (同上)
209 鎌倉堂野分の中に傾けり  (同上)
210 山四方菊ちらほらの小村哉 (同上) 
211 二三本竹の中也櫨紅葉   (同上) 
212 秋の山静かに雲の通りけり (同上)
213 谷川の左右に細き刈田哉  (同上)
214 瀬の音や渋鮎淵を出で兼る (同上) 
215 赤い哉仁右衛門が脊戸の蕃椒(同上)
216 芋洗ふ女の白き山家かな  (同上)
217 鶏鳴くや小村小村の秋の雨 (同上)
218 掛稲や塀の白きは庄屋らし (同上)
219 四里あまり野分に吹かれ参りたり(同上)
220 新酒売る家ありて茸の名所哉  (同上)
221 秋雨に行燈暗き山家かな  (同上)
222 孀の家独り宿かる夜寒かな (同上)
223 客人を書院に寐かす夜寒哉 (同上)
224 乱菊の宿わびしくも小雨ふる(同上)
225 木枕の堅きに我は夜寒哉  (同上)
226 秋雨に明日思はるゝ旅寐哉 (同上)
227 世は秋となりしにやこの蓑と笠(同上)
228 山の雨案内の恨む紅葉かな (同上)
229 鎌さして案内の出たり滝紅葉(同上)
230 朝寒や雲消て行く少しづゝ (同上) 
231 絶壁や紅葉するべき蔦もなし (同上)
232 山紅葉雨の中行く瀑見かな (同上)
233 うそ寒し瀑は間近と覚えたり(同上)
234 山鳴るや瀑とうとうと秋の風(同上)
235 満山の雨を落すや秋の滝  (同上)
236 大岩や二つとなつて秋の滝 (同上)
237 水烟る瀑の底より嵐かな (同上)
238 白滝や黒き岩間の蔦紅葉 (同上)
239 瀑五段一段毎の紅葉かな (同上)
240 荒滝や野分を斫て捲き落す(同上)
241 秋の山いでや動けと瀑の音  (同上)
242 瀑暗し上を日の照るむら紅葉 (同上)
243 むら紅葉日脚もさゝぬ瀑の色 (同上)
244 雲来り雲去る瀑の紅葉かな  (同上)
245 瀑半分半分をかくす紅葉かな (同上)
246 霧晴るゝ瀑は次第に現はるゝ (同上)
247 大滝を北へ落すや秋の山   (同上)
248 秋風や真北へ瀑を吹き落す  (同上)
249 絶頂や余り尖りて秋の滝   (同上)
250 旅の旅宿に帰れば天長節   (同上)
251 君が代や夜を長々と瀑の夢  (同上)
252 長き夜を我のみ滝の噂さ哉  (同上)
253 唐黍を干すや谷間の一軒家  (同上)

254 いたづらに菊咲きつらん故郷は (「子規へ送りたる句稿五・十八句)
255 名月や故郷遠き影法師    (同上)
256 去ん候是は名もなき菊作り  (同上)
257 野分吹く瀑砕け散る脚下より (同上)
258 滝遠近谷も尾上も野分哉   (同上)
259 凩や滝に当つて引き返す   (同上)
260 炭売の後をこゝまで参りけり (同上)
261 去ればにや男心と秋の空   (同上)
262 春王の正月蟹の軍さ哉    (同上)
263 待て座頭風呂敷かさん霰ふる (同上)
264 一木二木はや紅葉るやこの鳥居(同上)
265 三十六峰我も我もと時雨けり (同上)
266 初時雨五山の交る交る哉   (同上)
267 菊提て乳母在所より参りけり (同上)
268 酒に女御意に召さずば花に月 (同上)
269 菊の香や故郷遠き国ながら  (同上)
270 秋の暮関所へかゝる虚無僧あり (同上)
271 八寸の菊作る僧あり山の寺   (同上)

子規へ送りたる句稿六.jpg


272 喰積やこゝを先途と悪太郎 (「子規へ送りたる句稿六・四十七句)
273 婆様の御寺へ一人桜かな(「同上」)
274 雛に似た夫婦もあらん初桜(「同上」)
275 裏返す縞のずぼんや春暮るゝ(「同上」)
276 普陀落や憐み給へ花の旅(「同上」)
277 土筆人なき舟の流れけり(「同上」)
278 白魚に己れ恥ぢずや川蒸気(「同上」)
279 白魚や美しき子の触れて見る(「同上」)
280 女郎共推参なるぞ梅の花(「同上」)


281 朝桜誰ぞや絽鞘の落しざし(「同上」)
282 其夜又朧なりけり須磨の巻(「同上」)
283 亡き母の思はるゝ哉衣がへ(「同上」)
284 便なしや母なき人の衣がへ(「同上」)
285 卯の花に深編笠の隠れけり(「同上」)
286 卯の花や盆に奉捨をのせて出る(「同上」)
287 細き手の卯の花ごしや豆腐売(「同上」)
288 時鳥物其物には候はず(「同上」)
289 時鳥弓杖ついて源三位(「同上」)
290 罌粟の花左様に散るは慮外なり(「同上」)
291 願かけて観音様へ紅の花(「同上」)
292 塵埃り晏子の御者の暑哉(「同上」)
293 銀燭にから紅ひの牡丹哉(「同上」)
294 旅に病んで菊恵まるゝ夕哉(「同上」)
295 行秋や消えなんとして残る雪(「同上」)
296 二十九年骨に徹する秋や此風(「同上」)
297 我病めり山茶花活けよ枕元(「同上」)
298 号外の鈴ふり立る時雨哉(「同上」)
299 病む人に鳥鳴き立る小春哉(「同上」)
300 廓燃無聖達磨の像や水仙花(「同上」)
301 大雪や壮夫羆を護て帰る(「同上」)
302 星一つ見えて寐られぬ霜夜哉(「同上」)
303 霜の朝袂時計のとまりけり(「同上」)
304 木枯の今や吹くとも散る葉なし(「同上」)
305 塵も積れ払子ふらりと冬籠り(「同上」)
306 人か魚か黙然として冬籠り(「同上」)
307 四壁立つらんぷ許りの寒哉(「同上」)
308 疝気持臀安からぬ寒哉(「同上」)
309 凩の上に物なき月夜哉(「同上」)
310 緑竹の猗々たり霏々と雪が降る(「同上」)
311 凩や真赤になつて仁王尊(「同上」)
312 初雪や庫裏は真鴨をたゝく音(「同上」)
313 我を馬に乗せて悲しき枯野哉(「同上」)
314 土佐坊の生擒れけり冬の月(「同上」)
315 ほろ武者の影や白浜月の駒(「同上」)
316 月に射ん的は栴檀弦走り(「同上」)
317 市中は人様々の師走哉(「同上」)
318 何となく寒いと我は思ふのみ(「同上」)

319 我脊戸の蜜柑も今や神無月  (「子規へ送りたる句稿七・六十九句)
320 達磨忌や達磨に似たる顔は誰(「同上」)
321 芭蕉忌や茶の花折つて奉る(「同上」)
322 本堂へ橋をかけたり石蕗の花(「同上」)
323 乳兄弟名乗り合たる榾火哉(「同上」)
324 かくて世を我から古りし紙衣哉(「同上」)
325 我死なば紙衣を誰に譲るべき(「同上」)
326 橋立の一筋長き小春かな(「同上」)
327 武蔵下総山なき国の小春哉(「同上」)
328 初雪や小路へ入る納豆売(「同上」)
329 御手洗を敲いて砕く氷かな(「同上」)
330 寒き夜や馬は頻りに羽目を蹴る(「同上」)
331 来ぬ殿に寐覚物うけ火燵かな(「同上」)
332 酒菰の泥に氷るや石蕗の花(「同上」)
333 古綿衣虱の多き小春哉(「同上」)
334 すさましや釣鐘撲つて飛ぶ霰(「同上」)
335 昨日しぐれ今日又しぐれ行く木曾路(「同上」)
336 鷹狩や時雨にあひし鷹のつら(「同上」)
337 辻の月座頭を照らす寒さ哉(「同上」)
338 枯柳緑なる頃妹逝けり(「同上」)
339 枯蓮を被むつて浮きし小鴨哉(「同上」)
340 京や如何に里は雪積む峰もあり(「同上」)
341 女の子発句を習ふ小春哉(「同上」)
342 ほのめかすその上如何に帰花(「同上」)
343 恋をする猫もあるべし帰花(「同上」)
344 一輪は命短かし帰花(「同上」)
345 吾も亦衣更へて見ん帰花(「同上」)
346 太刀一つ屑屋に売らん年の暮(「同上」)
347 志はかくあらましを年の暮(「同上」)
348 長松は蕎麦が好きなり煤払(「同上」)
349 むつかしや何もなき家の煤払(「同上」)
350 煤払承塵の槍を拭ひけり(「同上」)
351 懇ろに雑炊たくや小夜時雨(「同上」)
352 里神楽寒さにふるふ馬鹿の面(「同上」)
353 夜や更ん庭燎に寒き古社(「同上」)
354 客僧の獅噛付たる火鉢哉(「同上」)
355 冬の日や茶色の裏は紺の山(「同上」)
356 冬枯や夕陽多き黄檗寺(「同上」)
357 あまた度馬の嘶く吹雪哉(「同上」)
358 嵐して鷹のそれたる枯野哉(「同上」)
359 あら鷹の鶴蹴落すや雪の原(「同上」)
360 竹藪に雉子鳴き立つる鷹野哉(「同上」)
361 なき母の忌日と知るや網代守(「同上」)
362 静かなる殺生なるらし網代守(「同上」)
363 くさめして風引きつらん網代守(「同上」)
364 焚火して居眠りけりな網代守(「同上」)
365 賭にせん命は五文河豚汁(「同上」)
366 河豚汁や死んだ夢見る夜もあり(「同上」)
367 夕日寒く紫の雲崩れけり(「同上」)
368 亡骸に冷え尽したる煖甫哉(「同上」)
369 あんかうや孕み女の釣るし斬り(「同上」)
370 あんかうは釣るす魚なり縄簾(「同上」)
371 此頃は女にもあり薬喰(「同上」)
372 薬喰夫より餅に取りかゝる(「同上」)
373 落付や疝気も一夜薬喰(「同上」)
374 乾鮭と並ぶや壁の棕櫚箒(「同上」)
375 魚河岸や乾鮭洗ふ水の音(「同上」)
376 本来の面目如何雪達磨(「同上」)
377 仲仙道夜汽車に上る寒さ哉(「同上」)
378 西行の白状したる寒さ哉(「同上」)
379 温泉をぬるみ出るに出られぬ寒さ哉(「同上」)
380 本堂は十八間の寒さ哉(「同上」)
381 愚陀仏は主人の名なり冬籠(「同上」)
382 情けにはごと味噌贈れ冬籠(「同上」)
383 冬籠り小猫も無事で罷りある(「同上」)
384 すべりよさに頭出るなり紙衾(「同上」)
385 両肩を襦袢につゝむ衾哉(「同上」)
386 合の宿御白い臭き衾哉(「同上」)
387 水仙に緞子は晴れの衾哉(「同上」)
388 土堤一里常盤木もなしに冬木立(「同上」)

389 定に入る僧まだ死なず冬の月 (「子規へ送りたる句稿八・四十一句)
390 幼帝の御運も今や冬の月  (「同上」)

https://sosekihaikushu.seesaa.net/ article/200911article_7.html

391 寒月やから堀端のうどん売 (「同上」)
392 寒月や薙刀かざす荒法師(「同上」)
393 寒垢離や王事もろきなしと聞きつれど(「同上」)
394 絵にかくや昔男の節季候 (「同上」)
395 水仙は屋根の上なり煤払 (「同上」)
396 寐て聞くやぺたりぺたりと餅の音(「同上」)
397 餅搗や小首かたげし鶏の面(「同上」)
398 衣脱だ帝もあるに火燵哉(「同上」)
399 君が代や年々に減る厄払(「同上」)
400 勢ひやひしめく江戸の年の市(「同上」)
401 是見よと松提げ帰る年の市(「同上」)
402 行年や刹那を急ぐ水の音(「同上」)
403 行年や実盛ならぬ白髪武者(「同上」)
404 春待つや云へらく無事は是貴人(「同上」)
405 年忘れ腹は中々切りにくき(「同上」)
406 屑買に此髭売らん大晦日(「同上」)
407 穢多寺へ嫁ぐ憐れや年の暮(「同上」)
408 白馬遅々たり冬の日薄き砂堤(「同上」)
409 山陰に熊笹寒し水の音(「同上」)
410 初冬や竹切る山の鉈の音(「同上」)
411 冬枯れて山の一角竹青し(「同上」)
412 炭焼の斧振り上ぐる嵐哉(「同上」)
413 冬木立寺に蛇骨を伝へけり(「同上」)
414 碧譚に木の葉の沈む寒哉(「同上」)
415 岩にたゞ果敢なき蠣の思ひ哉(「同上」)
416 炭竈に葛這ひ上る枯れながら(「同上」)
417 炭売の鷹括し来る城下哉(「同上」)
418 一時雨此山門に偈をかゝん(「同上」)
419 五六寸去年と今年の落葉哉(「同上」)
420 水仙白く古道顔色を照らしけり(「同上」)
421 冬籠り黄表紙あるは赤表紙(「同上」)
422 禅寺や丹田からき納豆汁(「同上」)
423 東西南北より吹雪哉(「同上」)
424 家も捨て世も捨てけるに吹雪哉(「同上」)
425 つめたくも南蛮鉄の具足哉(「同上」)
426 山寺に太刀を頂く時雨哉(「同上」)
427 塚一つ大根畠の広さ哉(「同上」)
428 応永の昔しなりけり塚の霜(「同上」)
429 蛇を斬つた岩と聞けば淵寒し(「同上」)

430 飯櫃を蒲団につゝむ孀哉 (「子規へ送りたる句稿九・六十一句)
431 焼芋を頭巾に受くる和尚哉 (「同上」)
432 盗人の眼ばかり光る頭巾哉 (「同上」)
433 辻番の捕へて見たる頭巾哉 (「同上」)
434 頭巾きてゆり落しけり竹の雪 (「同上」)
435 さめやらで追手のかゝる蒲団哉(「同上」)
436 毛蒲団に君は目出度寐顔かな (「同上」)
437 薄き事十年あはれ三布蒲団 (「同上」)
438 片々や犬盗みたるわらじ足袋 (「同上」)
439 羽二重の足袋めしますや嫁が君 (「同上」)
440 雪の日や火燵をすべる土佐日記 (「同上」)
441 応々と取次に出ぬ火燵哉 (「同上」)
442 埋火や南京茶碗塩煎餅  (「同上」)
443 埋火に鼠の糞の落ちにけり (「同上」)
444 暁の埋火消ゆる寒さ哉 (「同上」)
445 門閉ぢぬ客なき寺の冬構 (「同上」)
446 冬籠米搗く音の幽かなり (「同上」)
447 砂浜や心元なき冬構  (「同上」)
448 銅瓶に菊枯るゝ夜の寒哉(「同上」)
449 五つ紋それはいかめし桐火桶(「同上」)
450 冷たくてやがて恐ろし瀬戸火鉢(「同上」)
451 親展の状燃え上る火鉢哉(「同上」)
452 黙然と火鉢の灰をならしけり(「同上」)
453 なき母の湯婆やさめて十二年(「同上」)
454 湯婆とは倅のつけし名なるべし(「同上」)
455 風吹くや下京辺のわたぼうし(「同上」)
456 清水や石段上る綿帽子(「同上」)
457 綿帽子面は成程白からず(「同上」)
458 炉開きや仏間に隣る四畳半(「同上」)
459 炉開きに道也の釜を贈りけり(「同上」)
460 口切や南天の実の赤き頃(「同上」)
461 口切にこはけしからぬ放屁哉(「同上」)
462 吾妹子を客に口切る夕哉(「同上」)
463 花嫁の喰はぬといひし亥の子哉(「同上」)
464 到来の亥の子を見れば黄な粉なり(「同上」)
465 水臭し時雨に濡れし亥の子餅(「同上」)
466 枯ながら蔦の氷れる岩哉(「同上」)
467 湖は氷の上の焚火哉(「同上」)
468 痩馬に山路危き氷哉(「同上」)
469 筆の毛の水一滴を氷りけり(「同上」)
470 井戸縄の氷りて切れし朝哉(「同上」)
471 雁の拍子ぬけたる氷哉(「同上」)
472 枯蘆の廿日流れぬ氷哉(「同上」)
473 水仙の葉はつれなくも氷哉(「同上」)
474 凩に牛怒りたる縄手哉(「同上」)
475 冬ざれや青きもの只菜大根(「同上」)
476 山路来て馬やり過す小春哉(「同上」)
477 橋朽ちて冬川枯るゝ月夜哉(「同上」)
478 蒲殿の愈悲し枯尾花(「同上」)
479 凩や冠者の墓撲つ落松葉(「同上」)
480 山寺や冬の日残る海の上(「同上」)
481 古池や首塚ありて時雨ふる(「同上」)
482 穴蛇の穴を出でたる小春哉(「同上」)
483 空木の根あらはなり冬の川(「同上」)
484 納豆を檀家へ配る師走哉(「同上」)
485 親の名に納豆売る児の憐れさよ(「同上」)
486 からつくや風に吹かれし納豆売(「同上」)
487 榾の火や昨日碓氷を越え申した(「同上」)
488 梁山泊毛脛の多き榾火哉(「同上」)
489 裏表濡れた衣干す榾火哉(「同上」)
490 積雪や血痕絶えて虎の穴 (「同上」)

491 鶯の大木に来て初音かな
492 雛殿も語らせ給へ宵の雨
493 陽炎の落ちつきかねて草の上
494 馬の息山吹散つて馬士も無し
495 辻駕籠に朱鞘の出たる柳哉
496 春の雨あるは順礼古手買
497 尼寺や彼岸桜は散りやすき
498 叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉
499 馬子歌や小夜の中山さみだるゝ
500 あら滝や満山の若葉皆震ふ
501 夕立や蟹はひ上る簀子椽
502 明け易き夜ぢやもの御前時鳥
503 尼寺や芥子ほろほろと普門品
504 影参差松三本の月夜哉
505 野分して朝鳥早く立ちけらし
506 曼珠沙花あつけらかんと道の端
507 史官啓す雀蛤とはなりにけり
508 行年や仏ももとは凡夫なり
509 大粒な霰にあひぬうつの山
510 十月のしぐれて文も参らせず
511 いそがしや霰ふる夜の鉢叩
512 十月の月ややうやう凄くなる
513 山茶花の垣一重なり法華寺
514 行く年や膝と膝とをつき合せ
515 雪深し出家を宿し参らする
    寄虚子
516 詩神とは朧夜に出る化ものか
≪ 季=朧夜(春)。※漱石は虚子の「松山的ならぬ淡泊なる処、のんきなる処、気の利かぬ処」などを愛した(子規宛書簡)。(後略)  ≫(『漱石全集第十七巻・坪内稔典注解』)

 夏目漱石俳句集(その三)<制作年順> 明治29年(517~1038)



(松山時代、517~)

517 時鳥馬追ひ込むや梺川
518 暁の夢かとぞ思ふ朧かな
519 うかうかと我門過ぎる月夜かな
520 夕立の野末にかゝる入日かな
521 橋の霜継て渡れと書き残す
522 茶煙禅榻外は師走の日影哉
523 干網に立つ陽炎の腥き
524 うつむいて膝にだきつく寒哉
525 苟くも此蓬莱を食ふ勿れ
526 半鐘とならんで高き冬木哉
527 先生や屋根に書を読む煤払
528 雨に雪霰となつて寒念仏
529 雪洞の廊下をさがる寒さ哉
530 水かれて轍のあとや冬の川
531 東風や吹く待つとし聞かば今帰り来ん

532 此土手で追ひ剥がれしか初桜(子規へ送りたる句稿十・四十句・一月)
533 凩に早鐘つくや増上寺   (「同上」~571)
534 谷の家竹法螺の音に時雨けり
535 冴返る頃を御厭ひなさるべし
536 出代りや花と答へて跛なり
537 雪霽たり竹婆娑々々と跳返る
538 水青し土橋の上に積る雪
539 若菜摘む人とは如何に音をば泣く
540 花に暮れて由ある人にはぐれけり
541 見て行くやつばらつばらに寒の梅
542 静かさは竹折る雪に寐かねたり
543 武蔵野を横に降る也冬の雨
544 太箸を抛げて笠着る別れ哉
545 いざや我虎穴に入らん雪の朝
546 絶頂に敵の城あり玉霰
547 御天守の鯱いかめしき霰かな
548 一つ家のひそかに雪に埋れけり
549 春大震塔も擬宝珠もねぢれけり
550 疝気持雪にころんで哀れなり
551 天と地の打ち解けりな初霞
552 呉竹の垣の破目や梅の花
553 御車を返させ玉ふ桜かな
554 掃溜や錯落として梅の影
555 永き日や韋駄を講ずる博士あり
556 日は永し三十三間堂長し
557 素琴あり窓に横ふ梅の影
558 永き日を順礼渡る瀬田の橋
559 鶴獲たり月夜に梅を植ん哉
560 錦帯の擬宝珠の数や春の川
561 里の子の草鞋かけ行く梅の枝
562 紅梅に青葉の笛を画かばや
563 紅梅にあはれ琴ひく妹もがな
564 源蔵の徳利をかくす吹雪哉
565 したゝかに饅頭笠の霰哉
566 冬の雨柿の合羽のわびしさよ
567 下馬札の一つ立ちけり冬の雨
568 梅の花不肖なれども梅の花
569 まさなくも後ろを見する吹雪哉
570 氷る戸を得たりや応と明け放し
571 吾庵は氷柱も歳を迎へけり   (532~「同上」)

572 元日に生れぬ先の親恋し(子規へ送りたる句稿十一・二十句・一月)
573 あたら元日を餅も食はずに紙衣哉 (「同上」~591)
574 山里は割木でわるや鏡餅
575 砕けよや玉と答へて鏡餅
576 国分寺の瓦掘出す桜かな
577 断礎一片有明桜ちりかゝる
578 堆き茶殻わびしや春の宵
579 古寺に鰯焼くなり春の宵
580 配所には干網多し春の月
581 口惜しや男と生れ春の月
582 よく聞けば田螺なくなり鍋の中
583 山吹に里の子見えぬ田螺かな
584 白梅に千鳥啼くなり浜の寺
585 梅咲きて奈良の朝こそ恋しけれ
586 消にけりあわたゞしくも春の雪
587 春の雪朱盆に載せて惜しまるゝ
588 居風呂に風ひく夜や冴返る
589 頃しもや越路に病んで冴返る
590 霞む日や巡礼親子二人なり
591 旅人の台場見て行く霞かな  (572~「同上」)

592 春の夜の琵琶聞えけり天女の祠
593 路もなし綺楼傑閣梅の花
594 家の棟や春風鳴つて白羽の矢
595 蛤や折々見ゆる海の城
596 霞たつて朱塗の橋の消にけり
597 どこやらで我名よぶなり春の山
598 大空や霞の中の鯨波の声
599 行春や瓊觴山を流れ出る
600 神の住む春山白き雲を吐く
601 催馬楽や縹渺として島一つ
602 真倒しに久米仙降るや春の雲
603 春暮るゝ月の都に帰り行
604 羽団扇や朧に見ゆる神の輿
605 つゝじ咲く岩めり込んで笑ひ声
606 春の夜や独り汗かく神の馬
607 朦朧と霞に消ゆる巨人哉
608 鳴く雲雀帝座を目懸かけ上る
609 真夜中に蹄の音や神の梅
610 春の宵神木折れて静かなり
611 白桃や瑪瑙の梭で織る錦



612 つくばいに散る山茶花の氷りけり(子規へ送りたる句稿十二・一〇一句・三月)
613 烏飛んで夕日に動く冬木かな
614 船火事や数をつくして鳴く千鳥
615 檀築て北斗祭るや剣の霜
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616 龍寒し絵筆抛つ古法眼   (612~「同上」)
617 つい立の龍蟠まる寒さかな
618 廻廊に吹きこむ海の吹雪かな
619 梁に画龍のにらむ日永かな
620 奈良の春十二神将剥げ尽せり
621 乱山の尽きて原なり春の風
622 都府楼の瓦硯洗ふや春の水
623 門柳五本並んで枝垂れけり
624 若草や水の滴たる蜆籠
625 月落ちて仏灯青し梅の花
626 春の夜を辻講釈にふかしける
627 蕭郎の腕環偸むや春の月
628 護摩壇に金鈴響く春の雨
629 春の夜の御悩平癒の祈祷哉
630 鳩の糞春の夕の絵馬白し
631 伽羅焚て君を留むる朧かな (原句 伽羅焚て君を留めて朧かな)
632 辻占のもし君ならば朧月
633 蘭燈に詩をかく春の恨み哉
634 恐ろしや経を血でかく朧月
635 着衣始め紫衣を給はる僧都あり
636 物草の太郎の上や揚雲雀
637 野を焼けば焼けるなり間の抜ける程
638 涅槃像鰒に死なざる本意なさよ
639 春恋し朝妻船に流さるゝ
640 潮風に若君黒し二日灸
641 枸杞の垣田楽焼くは此奥か
642 春もうし東楼西家何歌ふ
643 猫知らず寺に飼はれて恋わたる (原句 猫知らず寺に飼はれて恋をする)
644 芹洗ふ藁家の門や温泉の流
645 陽炎に蟹の泡ふく干潟かな
646 さらさらと筮竹もむや春の雨
647 日永哉豆に眠がる神の馬
648 古瓢柱に懸けて蜂巣くふ
649 ゆく春や振分髪も肩過ぎぬ
650 御館のつらつら椿咲にけり
651 二つかと見れば一つに飛ぶや蝶
652 唐人の飴売見えぬ柳かな
653 刀うつ槌の響や春の風
654 踏はづす蛙是へと田舟哉
655 初蝶や菜の花なくて淋しかろ
656 曳船やすり切つて行く蘆の角
657 勅なれば紅梅咲て女かな
658 紅梅に通ふ築地の崩哉
659 桔槹切れて梅ちる月夜哉
660 濡燕御休みあつて然るべし
661 雉子の声大竹原を鳴り渡る
662 雨がふる浄瑠璃坂の傀儡師
663 むくむくと砂の中より春の水
664 白き砂の吹ては沈む春の水
665 金屏を幾所かきさく猫の恋
666 春に入つて近頃青し鉄行
667 朧の夜五右衛門風呂にうなる客
668 永き日や徳山の棒趙州の払
669 飯食ふてねむがる男畠打つ
670 春風や永井兵助の人だかり
671 居合抜けば燕ひらりと身をかはす
672 物言はで腹ふくれたる河豚かな
673 戛々と鼓刀の肆に時雨けり
674 枯野原汽車に化けたる狸あり
675 其中に白木の宮や梅の花
676 章魚眠る春潮落ちて岩の間
677 山伏の並ぶ関所や梅の花
678 梅ちるや月夜に廻る水車
679 兵児殿の梅見に御ぢやる朱鞘哉
680 酒醒て梅白き夜の冴返る
681 飯蛸の頭に兵と吹矢かな
682 蟹に負けて飯蛸の足五本なり
683 梓弓岩を砕けば春の水
684 山路来て梅にすくまる馬上哉
685 若党や一歩さがりて梅の花
686 青石を取り巻く庭の菫かな
687 犬去つてむつくと起る蒲公英が
688 大和路や紀の路へつゞく菫草
689 川幅の五尺に足らで菫かな
690 三日雨四日梅咲く日誌かな
691 双六や姉妹向ふ春の宵
692 生海苔のこゝは品川東海寺
693 菜の花の中に糞ひる飛脚哉
694 菜の花や門前の小僧経を読む
695 菜の花を通り抜ければ城下かな
696 海見ゆれど中々長き菜畑哉
697 海見えて行けども行けども菜畑哉
698 麦二寸あるは又四五寸の旅路哉
699 莚帆の真上に鳴くや揚雲雀
700 風船にとまりて見たる雲雀哉
701 落つるなり天に向つて揚雲雀
702 雨晴れて南山春の雲を吐く
703 むづからせ給はぬ雛の育ち哉
704 去年今年大きうなりて帰る雁
705 一群や北能州へ帰る雁
706 爪下り海に入日の菜畑哉
707 里の子の猫加へけり涅槃像
708 鶯のほうと許りで失せにけり
709 鶯や雨少し降りて衣紋坂
710 鶯の去れども貧にやつれけり
711 鶯や田圃の中の赤鳥居
712 鶯をまた聞きまする昼餉哉  (612~「同上」)



713 三日月や野は穢多村へ焼て行く(子規へ送りたる句稿十三・二十七句・三月)
714 旧道や焼野の匂ひ笠の雨
715 春日野は牛の糞まで焼てけり
716 宵々の窓ほのあかし山焼く火



717 野に山に焼き立てられて雉の声
718 野を焼くや道標焦る官有地
719 篠竹の垣を隔てゝ焼野哉
720 村と村河を隔てゝ焼野哉
721 蝶に思ふいつ振袖で嫁ぐべき
722 老ぬるを蝶に背いて繰る糸や
723 御簾揺れて蝶御覧ずらん人の影
724 蝶舐る朱硯の水澱みたり
725 蔵つきたり紅梅の枝黒い塀
726 山三里桜に足駄穿きながら
727 花を活けて京音の寡婦なまめかし
728 鶯や隣あり主人垣を覗く
729 連立て帰うと雁皆去りぬ
730 歯ぎしりの下婢恐ろしや春の宵
731 太刀佩くと夢みて春の晨哉
732 鳴く事を鶯思ひ立つ日哉
733 吾妹子に揺り起されつ春の雨
734 普化寺に犬逃げ込むや梅の花
735 紅梅は愛せず折て人に呉れぬ
736 花に来たり瑟を鼓するに意ある人
737 禿いふわしや煩ふて花の春
738 きぬぎぬの鐘につれなく冴え返る
739 虚無僧の敵這入ぬ梅の門     (713~「同上」)

740  春の雲峰をはなれて流れけり(「漱石・虚子・霽月」句会)
741 捲き上げし御簾斜也春の月  (同上)
742 紅梅や内侍玉はる司人    (同上)

743 先達の斗巾の上や落椿(子規へ送りたる句稿十四・四十句・三月)
744 御陵や七つ下りの落椿
745 金平のくるりくるりと鳳巾
746 舟軽し水皺よつて蘆の角
747 薺摘んで母なき子なり一つ家
748 種卸し種卸し婿と舅かな
749 鶯の鳴かんともせず枝移り
750 仰向て深編笠の花見哉
751 女らしき虚無僧見たり山桜
752 奈古寺や七重山吹八重桜
753 春の江の開いて遠し寺の塔
754 柳垂れて江は南に流れけり
755 川向ひ桜咲きけり今戸焼
756 頼もうと竹庵来たり梅の花
757 雨に濡れて鶯鳴かぬ処なし
758 居士一驚を喫し得たり江南の梅一時に開く
759 手習や天地玄黄梅の花
760 霞むのは高い松なり国境
761 奈良七重菜の花つゞき五形咲く
762 草山や南をけづり麦畑
763 御簾揺れて人ありや否や飛ぶ胡蝶
764 端然と恋をして居る雛かな
765 藤の花本妻尼になりすます
766 待つ宵の夢ともならず梨の花
767 春風や吉田通れば二階から
768 風が吹く幕の御紋は下り藤
769 花売は一軒置て隣りなり
770 登りたる凌雲閣の霞かな
771 思ひ出すは古白と申す春の人
772 山城や乾にあたり春の水
773 夫子暖かに無用の肱を曲げてねる
774 家あり一つ春風春水の真中に
775 模糊として竹動きけり春の山
776 限りなき春の風なり馬の上
777 乙鳥や赤い暖簾の松坂屋
778 古ぼけた江戸錦絵や春の雨
779 蹴爪づく富士の裾野や木瓜の花
780 朧故に行衛も知らぬ恋をする
781 春の海に橋を懸けたり五大堂
782 足弱を馬に乗せたり山桜   (743~「同上」)

783 君帰らず何処の花を見にいたか
784 宗匠となりすましたる頭巾かな
785 永き日やあくびうつして分れ行く
786 わかるゝや一鳥啼て雲に入る783


(松山時代から熊本時代へ)

    松山より熊本に行く時/虚子に託して霽月に贈る(一句)
787 逢はで散る花に涙を濺(そそ)げかし (漱石・30歳「明治29年(1896)」) 
≪村上霽月の漱石追悼文「漱石君を偲ぶ」(「渋柿」大6・2)では「散る」を「去る」とする。漱石は、四月十日に松山を離れた。≫(『漱石全集第十七巻・坪内稔典注解』)

788 花に寝ん夢になと来て遇ひたまへ
789 名乗りくる小さき春の夜舟かな
790 市中に君に飼はれて鳴く蛙
791 尾上より風かすみけり燧灘
792 窓低し菜の花明り夕曇り
793 駄馬つゞく阿蘇街道の若葉かな
794 山吹の淋しくも家の一つかな
795 月斜め筍竹にならんとす
796 ぬいで丸めて捨てゝ行くなり更衣
797 衣更へて京より嫁を貰ひけり788

798 海嘯去つて後すさまじや五月雨(子規へ送りたる句稿十五・四十句・七月)
799 かたまるや散るや蛍の川の上
800 一つすうと座敷を抜る蛍かな
801 竹四五竿をりをり光る蛍かな
802 うき世いかに坊主となりて昼寐する
803 さもあらばあれ時鳥啼て行く
804 禅定の僧を囲んで鳴く蚊かな
805 うき人の顔そむけたる蚊遣かな
806 筋違に芭蕉渡るや蝸牛
807 袖に手を入て反りたる袷かな
808 短夜の芭蕉は伸びて仕まひけり
809 もう寐ずばなるまいなそれも夏の月
810 短夜の夢思ひ出すひまもなし
811 仏壇に尻を向けたる団扇かな
812 ある画師の扇子捨てたる流かな
813 貧しさは紙帳ほどなる庵かな
814 午砲打つ地城の上や雲の峰 (原句 号砲や地城の上の雲の峰)
815 黒船の瀬戸に入りけり雲の峰
816 行軍の喇叭の音や雲の峰
817 二里下る麓の村や雲の峰
818 涼しさの闇を来るなり須磨の浦
819 涼しさの目に余りけり千松島
820 袖腕に威丈高なる暑かな
821 銭湯に客のいさかふ暑かな
822 かざすだに面はゆげなる扇子哉
823 涼しさや大釣鐘を抱て居る
824 夕立の湖に落ち込む勢かな
825 涼しさや山を登れば岩谷寺
826 吹井戸やぼこりぼこりと真桑瓜
827 涼しさや水干着たる白拍子
828 ゑいやつと蠅叩きけり書生部屋
829 吾老いぬとは申すまじ更衣
830 異人住む赤い煉瓦や棕櫚の花
831 敷石や一丁つゞく棕櫚の花
832 独居の帰ればむつと鳴く蚊哉
833 尻に敷て笠忘れたる清水哉
834 据風呂の中はしたなや柿の花
835 短夜を君と寐ようか二千石とらうか
836 祖母様の大振袖や土用干
837 玉章や袖裏返す土用干      (798~「同上」) 


838 すゞしさや裏は鉦うつ光琳寺(季=涼し(夏)。「光琳寺」=漱石の家の裏手の寺)
839 涼しさや門にかけたる橋斜め(季=涼し(夏)。)
840 眠らじな蚊帳に月のさす時は(季=蚊帳(夏)。)
841 国の名を知つておぢやるか時鳥(季=時鳥(夏)。「おぢやる」=「居る」の尊敬語)
842 西の対(たい)へ渡らせ給ふ葵かな(季=葵(夏)。「西の対」=夫人の棲む建物)
843 淙々(そうそう)と筧の音のすゞしさよ(季=涼し(夏)。)
844 橘や通るは近衛大納言(季=橘の花(夏)。)
845 朝貌の黄なるが咲くと申し来ぬ(季=朝顔(秋)。)
846 紅白の蓮擂鉢に開きけり(季=蓮し(夏)。)
847 涼しさや奈良の大仏腹の中(季=涼し(夏)。)
848 淋しくもまた夕顔のさかりかな(季=夕顔(夏)。)
849 あつきものむかし大坂夏御陣(季=暑し(夏)。)
850 夕日さす裏は磧のあつさかな
851 午時の草もゆるがず照る日かな
852 琵琶の名は青山とこそ時鳥
853 就中大なるが支那の団扇にて
854 くらがりに団扇の音や古槐
855 夏痩せて日に焦けて雲水の果はいか
856 床に達磨芭蕉涼しく吹かせけり
857 百日紅浮世は熱きものと知りぬ
858 手をやらぬ朝貌のびて哀なり
859 絹団扇墨画の竹をかゝんかな
860 独身や髭を生して夏に籠る
861 夏書すとて一筆しめし参らする
862 なんのその南瓜の花も咲けばこそ
863 我も人も白きもの着る涼みかな
864 物や思ふと人の問ふまで夏痩せぬ
865 満潮や涼んで居れば月が出る
866 大慈寺の山門長き青田かな
867 唐茄子と名にうたはれて歪みけり  (838~「同上」)


868 初秋の千本の松動きけり
869 鹹はゆき露にぬれたる鳥居哉
870 秋立つや千早古る世の杉ありて
871 見上げたる尾の上に秋の松高し
872 反橋の小さく見ゆる芙蓉哉
873 古りけりな道風の額秋の風
874 鴫立つや礎残る事五十
875 温泉の町や踊ると見えてさんざめく
876 碧巌を提唱す山内の夜ぞ長き
877 ひやひやと雲が来る也温泉の二階
878 玉か石か瓦かあるは秋風か
879 枕辺や星別れんとする晨
880 稲妻に行手の見えぬ広野かな
881 秋風や京の寺々鐘を撞く
882 明月や琵琶を抱へて弾きもやらず
883 廻廊の柱の影や海の月
884 明月や丸きは僧の影法師
885 酒なくて詩なくて月の静かさよ
886 明月や背戸で米搗く作右衛門
887 明月や浪華に住んで橋多し
888 引かで鳴る夜の鳴子の淋しさよ
889 無性なる案山子朽ちけり立ちながら
890 打てばひゞく百戸余りの砧哉
891 衣擣つて郎に贈らん小包で
892 鮎渋ぬ降り込められし山里に
893 鱸魚肥えたり楼に登れば風が吹く
894 白壁や北に向ひて桐一葉
895 柳ちりて長安は秋の都かな
896 垂れかゝる萩静かなり背戸の川
897 落ち延びて只一騎なり萩の原
898 蘭の香や聖教帖を習はんか (原句 蘭の香や聖教帖を習ふべし)
899 後に鳴き又先に鳴き鶉かな
900 窓をあけて君に見せうず菊の花
901 作らねど菊咲にけり折りにけり (原句 作らねど菊咲にけり活にけり)
902 世は貧し夕日破垣烏瓜
903 鶏頭や代官殿に御意得たし
904 長けれど何の糸瓜とさがりけり
905 禅寺や芭蕉葉上愁雨なし
906 無雑作に蔦這上る厠かな
907 仏には白菊をこそ参らせん  (868~「同上」)

(子規へ送りたる句稿十八・〔十六句・明治二十九年十月〕


910 行く秋をすうとほうけし薄哉
911 行く秋の犬の面こそけゞんなれ
912 てい袍を誰か贈ると秋暮れぬ
913 祭文や小春治兵衛に暮るゝ秋
914 僧堂で痩せたる我に秋暮れぬ
915 行秋や此頃参る京の瞽女
916 行秋を踏張て居る仁王哉
917 行秋や博多の帯の解け易き
918 機を織る孀二十で行く秋や
919 行く秋やふらりと長き草履の緒
920 日の入や五重の塔に残る秋
921 行く秋や椽にさし込む日は斜
922 山は残山水は剰水にして残る秋
923 原広し吾門前の星月夜
924 新らしき蕎麦打て食はん坊の雨
925 古白とは秋につけたる名なるべし   

(子規へ送りたる句稿十九・〔十五句・明治二十九年十月〕


926 今年より夏書せんとぞ思ひ立つ
927 独り顔を団扇でかくす不審なり
928 降る雪よ今宵ばかりは積れかし
929 思ひきや花にやせたる御姿
930 影法師月に並んで静かなり
931 きぬぎぬや裏の篠原露多し
932 見送るや春の潮のひたひたに
933 人に言へぬ願の糸の乱れかな
934 君が名や硯に書いては洗ひ消す
935 橋落ちて恋中絶えぬ五月雨
936 忘れしか知らぬ顔して畠打つ
937 行春を琴掻き鳴らし掻き乱す
938 五月雨や鏡曇りて恨めしき
939 生れ代るも物憂からましわすれ草
940 化石して強面なくならう朧月


941 藻ある底に魚の影さす秋の水
942 秋の山松明かに入日かな
943 秋の日中山を越す山に松ばかり
944 一人出て粟刈る里や夕焼す
945 配達ののぞいて行くや秋の水
946 秋行くと山僮窓を排しいふ
947 秋の蠅握つて而して放したり
948 生憎や嫁瓶を破る秋の暮
949 摂待や御僧は柿をいくつ喰ふ
950 馬盥や水烟して朝寒し
951 菊咲て通る路なく逢はざりき
952 空に一片秋の雲行く見る一人
953 秋高し吾白雲に乗らんと思ふ
954 野分して一人障子を張る男
955 御名残の新酒とならば戴かん
956 菊活けて内君転た得意なり
957 見えざりき作りし菊の散るべくも
958 肌寒や膝を崩さず坐るべく
959 僧に対すうそ寒げなる払子の尾
960 善男子善女子に寺の菊黄なり
961 盛り崩す碁石の音の夜寒し
962 壁の穴風を引くべく鞘寒し
963 蟷螂のさりとては又推参な
964 此里や柿渋からず夫子住む
965 初冬や向上の一路未だ開かず
966 冬来たり袖手して書を傍観す
967 初冬を刻むや烈士喜剣の碑
968 初冬の琴面白の音じめ哉

969 凩や海に夕日を吹き落す
970 吾栽し竹に時雨を聴く夜哉
971 ぱちぱちと枯葉焚くなり薬師堂
972 浪人の寒菊咲きぬ具足櫃
973 謡ふべき程は時雨つ羅生門
974 折り焚きて時雨に弾かん琵琶もなし
975 銀屏を後ろにしたり水仙花
976 水仙や主人唐めく秦の姓
977 水仙や根岸に住んで薄氷
978 村長の羽織短かき寒哉
979 革羽織古めかしたる寒かな
980 凩の松はねぢれつ岡の上
981 野を行けば寒がる吾を風が吹く
982 策つて凩の中に馬のり入るゝ
983 夕日逐ふ乗合馬車の寒かな
984 雪ながら書院あけたる牡丹哉
985 堅炭の形ちくづさぬ行衛哉
986 雑炊や古き茶碗に冬籠
987 鼓うつや能楽堂の秋の水
988 重なるは親子か雨に鳴く鶉
989 底見ゆる一枚岩や秋の水
990 行年を家賃上げたり麹町
991 行年を妻炊ぎけり粟の飯
992 器械湯の石炭臭しむら時雨
993 酔て叩く門や師走の月の影
994 貧にして住持去るなり石蕗の花
995 博徒市に闘ふあとや二更の冬の月
996 しぐれ候程の宿につきて候 (原句 しぐれ候程の宿につきて候程に)
997 累々と徳孤ならずの蜜柑哉
998 同化して黄色にならう蜜柑畠
999 日あたりや熟柿の如き心地あり
1000 大将は五枚しころの寒さかな
1001 勢の蜀につらなる小春かな
1002 かきならす灰の中より木の葉哉
1003 汽車を逐て煙這行枯野哉
1004 紡績の笛が鳴るなり冬の雨
1005 がさがさと紙衣振へば霰かな
1006 挨拶や髷の中より出る霰
1007 かたまつて野武士落行枯野哉
1008 星飛ぶや枯野に動く椎の影
1009 鳥一つ吹き返さるゝ枯野かな
1010 さらさらと栗の落葉や鶪の声
1011 空家やつくばひ氷る石蕗の花
1012 飛石に客すべる音す石蕗の花
1013 吉良殿のうたれぬ江戸は雪の中
1014 覚めて見れば客眠りけり炉のわきに
1015 面白し雪の中より出る蘇鉄
1016 寐る門を初雪ぢやとて叩きけり
1017 雪になつて用なきわれに合羽あり
1018 僧俗の差し向ひたる火桶哉
1019 六波羅へ召れて寒き火桶哉
1020 物語る手創や古りし桐火桶
1021 生垣の上より語る小春かな
1022 小春半時野川を隔て語りけり
1023 居眠るや黄雀堂に入る小春
1024 家富んで窓に小春の日陰かな
1025 白旗の源氏や木曾の冬木立
1026 立籠る上田の城や冬木立
1027 枯残るは尾花なるべし一つ家
1028 時雨るゝは平家につらし五家荘
1029 藁葺をまづ時雨けり下根岸
1030 堂下潭あり潭裏影あり冬の月   (969~「同上」)

1031 扶けられて驢背危し雪の客(雑誌「めざまし草」)
1032 戸を開けて驚く雪の晨かな(「新俳句」)
1033 薫風や銀杏三抱あまりなり(「承露版」より)
1034 茂りより二本出て来る筧哉(「承露版」より)
1035 亭寂寞薊鬼百合なんど咲く(「承露版」より)
1036 土手枯れて左右に長き筧哉(「承露版」より)
1037 はじめての鮒屋泊りをしぐれけり(この句の短冊あり・松山道後温泉)
1038 どつしりと尻を据えたる南瓜かな
≪ 季=南瓜(秋)。※『吾輩は猫である』中篇自序で、904の句とこの句を正岡子規の墓前に捧げている。(後略)≫(『漱石全集第十七巻・坪内稔典注解』)その