日曜日, 11月 08, 2026

「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)管見(十七)~(二十二)

 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)管見(十七)~(二十二)

(その十七) 「冬日低し吾と子の間妻急がん」


冬日低し吾と子の間妻急がん.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻」
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/117

 季語は「冬日(ふゆひ)」(三冬)、「冬日低し」は、「冬は日照時間が短く、すぐに暮れてしまうふ」の意であろう。句意は、「冬日の夕暮れは早い。見舞いに来た、妻と子、病人の「吾」と見舞いの「吾子」との「間」を、「妻」は気忙しげである。」

  松の蕊千萬こぞり入院す  『惜命』(昭和二十三年、前書=「東京療養所」)
朝森はえご匂ふかも療養所 

 昭和二十三年五月七日、波郷は都下清瀬村国立東京療養所に「南七寮六番室」に入所し、爾来、昭和二十五年二月二十日まで、二年刊を、この療養所生活を続ける。
ここでの、その克明な、「句による病床(境涯)日録」(その「病床(境涯)の「惜命=『生と死の『生』への『連祷』(日々の「祈り)」の日録)が、波郷の「金字塔」となった、波郷の「系列第五句集(昭和二十二年~二十五年)」こそ、その基本となる『惜命(作品社)』の一巻ということになる。
本来、「連祷」というのは、「ローマ‐カトリック教会における礼拝の一形式。司祭と会衆とが交互にとなえる連続した祈り。リタニー。聖公会では嘆願という。」に由来するものなのであろうが、波郷自身は、この「連祷」という二文字は使用していないが、この、波郷の、この句集『惜命』は、波郷の『惜命=連禱』の世界のものなのであろう。

(参考一)「波郷・草田男・楸邨・梵・三鬼」の「冬日(抜粋)」周辺

https://fudemaka57.exblog.jp/26574378/

冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも       石田波郷
師よりの金妻よりの金冬日満つ       石田波郷
惜命の杖に裾濃(すそご)の冬日射す     石田波郷
冬日の吾子少年少女たる日までは      石田波郷
冬日低し吾と子の間妻急がん        石田波郷
冬日低し鶏犬病者相群れて         石田波郷
冬日宙(そら)少女鼓隊に母となる日     石田波郷
南に没る冬日を見ずや行人裡        石田波郷
焼跡の幾日冬日燃えざるや         石田波郷
よろめくや白衣に浴ぶる冬日ざし      石田波郷
よろしき代の冬日の場末歩き得たし     中村草田男
一とところ冬日慕うて雲隆み        中村草田男
冬日たのしむ犬浜沙を前押しに       中村草田男
冬日さす外出用意の二階かな        中村草田男
冬日たのしむ犬浜沙を前押しに       中村草田男
冬日の白布四隅展げて穢を払ふ       中村草田男
冬日の耳朶眼なければ眼挙げず       中村草田男
冬日の鉄壁ただねんごろに鋲多く      中村草田男
冬日一輪をりをり光あらたにす       中村草田男
冬日手に足にねむごろ怠け者        中村草田男
冬日沁みてきたなからざる馬の傷      中村草田男
冬日浴びて色放つ方の景を描く       中村草田男
冬日負ひて振向く既往みな明らか      中村草田男
冬日遅々仔馬が牛の角なめて        中村草田男
南に冬日日ねもす北蒼し          中村草田男
山の冬日射しきて鉢の中に開く       中村草田男
床低きショーウィンドウに冬日溜る     中村草田男
庭にも無し背高き母の冬日の影       中村草田男
戦記なれば殺の字多き冬日向        中村草田男
機影去り直視為し得る冬日あり       中村草田男
此坂のいただきの冬日射す町へ       中村草田男
此島の頭上の冬日信ぜばや         中村草田男
永く居て薄き冬日にあたたまる       中村草田男
煤煙流音あり館上冬日得て         中村草田男
燈台の冬日の白扉内へ開く         中村草田男
空瓶と老いし盲の冬日向          中村草田男
空瓶と老いし盲の冬日向          中村草田男
笑ひ声冬日の鉄路汝居ぬ世         中村草田男
蜂蜜の糸たれたたむ冬日中         中村草田男
行く馬の背の冬日差はこばるる       中村草田男
谷の家の冬日ヘ掃き出す埃見ゆ       中村草田男
豊頬に冬日の翳をいなしつつ        中村草田男
赤き岬鵜の沖岩を冬日護る         中村草田男
黒猫の双眼冬日にそむきたる        中村草田男
血曼陀羅冬日に燃ゆる仏あり        加藤秋邨
行軍兵冬日に背きゆくばかり        加藤秋邨
爆痕に鳩があそべり冬日さす        加藤秋邨
爆痕より凧を冬日にあげてをり       加藤秋邨
冬日と兵省線の窓にたかまり来       加藤秋邨
冬日よりグラマンの貌奔騰す        加藤秋邨
原爆図真の冬日か野にあるは        加藤秋邨
換気筒のみがまはれり冬日の中       加藤秋邨
杭のごとく冬日の面に人立てり       加藤秋邨
椋鳥がかこめばくるふ冬日かな       加藤秋邨
死や生や冬日のベルト止むときなし     加藤秋邨
黄檗の冬日しんかんたる石廊        加藤秋邨
冬日の車窓に朱きあかるき耳持つ人々    篠原梵
富士茜真紅の冬日しづみければ       篠原梵
寐返れど半身いつも冬日享く        篠原梵
冬日地に燻り犬共疾走す          西東三鬼
冬日見え鴉かたまり首伸ばす        西東三鬼
添伏しの陽気な死神冬日の浜        西東三鬼
空港の青き冬日に人あゆむ         西東三鬼
空港の青き冬日に人あゆむ         西東三鬼

(参考二) 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」に因る)

一 栗咲く香血を喀く前もその後も      (唐草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中       (絮の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば      (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html
四 金の芒はるかなる母の禱りをり      (野草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前   (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変         ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す        (唐草丸紋の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす    (枯葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html
九 松籟や白息かたみにながし佇つ      (大木の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ     (木枝の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも     ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし       (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし       (肋骨の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html
一四 病む六人一寒燈を消すとき来      (ベッドの図)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚       (楢の葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html

一七 冬日低し吾と子の間妻急がん    ※(無紋余白)
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて    (木立の図)
一九 頂は見えぬ赤松冬日沁みる     (松の図)
二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては   (波頭の図) 
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く   (角材の図)
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室  ※(黒地・白鷺の図)
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋)
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図)
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性の図)
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公の図)
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)

(追記)  「冬日低し吾と子の間妻急がん」(再考)

 先に、この句の句意を、「冬日の夕暮れは早い。見舞いに来た、妻と子、病人の「吾」と見舞いの「吾子」との「間」を、「妻」は気忙しげである。」としたが、この中七の「吾と子の間」は、「吾(入寮して二度の成形手術をして病床に臥している波郷)」と「あき子夫人の実家に預けられている二人子(修大=六歳・温子=三歳)」との「間」と解するのが、より正鵠を得るものと解したい。

   ベトレヘムの鐘(十四句)

一四 病む六人一寒燈を消すとき来     
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html
   手術附添黒襟巻に頸つゝみ   (手術附添=あき子夫人)
   水仙花附添妻の夢つよし    (附添妻=あき子夫人)
   離れて遠き吾子の形にて毛糸編む(毛糸編む=あき子夫人)
 (十句省略)

   屍の眺め(四十一句)
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門      
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
   (五句省略)
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚       
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
   妻の目や寒夜ベットの下に臥て (下に臥て=あき子夫人)
   (二句省略)
   寒や吾がかなしき妻を子にかへす(かなしき妻=あき子夫人)
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん  (妻急がん=子の許へ「急がん」)    
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html
   (十四句省略)
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて    
https://yahan.seesaa.net/article/510241589.html

(メモ一) 「ベトレヘムの 鐘(十四句)」・「屍の眺め (四十一句) 」周辺
 この「ベトレヘムの鐘」と「屍の眺め」とは、波郷自身が付けた「章(題)名」で、その(十四句)と(四十一句)とは、波郷自身が、『惜命(系列第五句集・作品俳句選書の一・昭和二十五年・作品社刊)』に収載した句数である。(『現代俳句大系 第八巻』所収「惜命」)

(メモ二)  「 ベトレヘムの鐘(十四句)」周辺
 この「 ベトレヘム」というのは、この「 ベトレヘムの鐘(十四句)」の末尾の、「清瀬村医療区に鐘雪降り出す」の句に由来するとして、その「ベトレヘム」とは、「ダビデの町」・「イエス・キリストの生誕地」・「ベツレヘムの聖誕教会」・「パンの家」など、そして、この「清瀬村医療区」に、今に続く、その「ベトレヘム学園(「創立者ヨゼフ・フロジャク神父の遺志を継ぐぎ医療区」の鐘」と解しても差し支えなかろう。


(その十八) 「妻戀へり裸木に星咲き出でて」

妻戀へり裸木に星咲き出でて.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻」
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/117

 季語は「裸木(はだかぎ)=(冬になって落葉を終えた樹木のこと。)」(三冬)。句意は、「妻のことを頻りに想う。病床の窓辺の『裸木』の、その上に、星が輝き、その星の輝きは、『吾が妻』の耀きのようにも想えてくる。」
 
  綿虫やそこは屍の出でゆく門
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
  雪はしづかにゆたかにはやし屍室

[ 酸素が外せぬようになってから、夫(波郷)はよく私(波郷夫人・あき子)に言った。
「俺が死んだら、あそこにだけは入れないでくれよ」
「何言ってるでんすか、そう簡単に死んでたまるものですか。酸素を吸いながら十年も生きている人もあるんですよ」
「 …………… 」
「もしそんなことがあったとしても、私がついている以上何も心配することはないですよ。私だって絶対いやですよ、すぐいっしょに寝台車で家へつれて帰りますよ」
 病室や手術室は、最近急に近代的な建物に変わったのに、不思議に霊安室だけは昔の東療時代のまま、薄暗く、わびしい建物で、いつもじめじめしていた。裏門は朽ちるにまかせ、幽霊屋敷の趣きさえあった。昼でも側を通る時はよい気持ちはしない。足早に通り抜ける。 ](『夫(つま)帰り来るよ……見舞妻の記(石田あき子著)』)

(参考一) 「枯木・裸木」周辺

https://fudemaka57.exblog.jp/23355812

枯枝に烏とまりけり秋の暮れ    松尾 芭蕉
枯枝に烏のとまりたるや秋の暮   松尾 芭蕉
その形見ばや枯れ木の杖の長     松尾芭蕉
寒月や枯木の中の竹三竿       与謝蕪村
しら梅の枯木にもどる月夜哉    与謝蕪村
鹿寒し角も身に添ふ枯木哉     与謝 蕪村
枯枝の落つ間も動く舟の数      横光利一
枯枝を折り取る丘に風立てり     横光利一
野の夕日いま去り枯木よりあへる   石橋辰之助
妻恋へり裸木に星咲き出でて     石田波郷
午過ぎて枯木の色となりにけり    加藤楸邨
枯れゆけばおのれ光りぬ枯木みな   加藤楸邨


(参考二) 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」に因る)

一 栗咲く香血を喀く前もその後も      (唐草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中       (絮の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば      (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html
四 金の芒はるかなる母の禱りをり      (野草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前   (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変         ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す        (唐草丸紋の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす    (枯葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html
九 松籟や白息かたみにながし佇つ      (大木の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ     (木枝の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも     ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし       (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし       (肋骨の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html
一四 病む六人一寒燈を消すとき来      (ベッドの図)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚      (楢の葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん     ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html

一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて     (木立の図)
一九 頂は見えぬ赤松冬日沁みる      (松の図)
二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては    (波頭の図) 
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く    (角材の図)
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室   ※(黒地・白鷺の図)
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋)
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図)
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性と蝌蚪図)
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公の図)
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)


(その十九) 「頂は見えぬ赤松冬日沁む 」

頂は見えぬ赤松冬日沁む.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/118

 季語は「冬日・冬日沈む・冬日没る・冬日沁む・冬日染む」(三冬)。波郷は、「冬日沁む」(下五)の表記なのだが、この「沁む」は、「冬日染む」、さらに、「冬日沈む・冬日没る」をも背後に宿している、謂わば、波郷の造語と解したい。「頂(いただき)」は、「木の天辺(てっぺん・樹頭(じゅとう)」で、ここの詠みは「てっぺん」の詠みもあろう。句意は、「病床の窓辺の赤松の、その天辺(てっぺん)を見ることは叶わないが、その赤松の頂の方から、冬日が、しみじみと木肌に沁みこむように射し込め、そして下へ、下へと、その冬日の夕映えが沈んで行くようである。」

  蝉かなしベッド縋る子を見れば 
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html
  雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ

[ 戦後の過労で再発した夫(波郷)が、宮本忍先生に胸郭成形手術をしていただくため、清瀬村の東京療養所へ入院したのは、昭和二十三年五月七日であった。食欲が全くなく、衰弱甚だしく、さらに腸結核も併発していた。当時内科の受持だった小川先生から私に注意があった。
「この分では、夏が保(も)ちそうもありませんね。夏さえ無事に越せば、手術もできるかもしれませんが……。今の様子では期待できそうもありませんね。逢わせたい人があったら今のうちに逢わせた方がいいと思います。
 (中略)
 そんなやりとりの後、ある日私(波郷夫人・あき子)は二人の子どもを連れ、療養所へ出かけた。
 (中略)
 六人部屋の窓ぎわのベッドに臥(ね)ていた夫は、急に子ども連れてきた私に、不思議な眼を向け、夢ではないかと驚き喜んだ。
 温子(長女)の髪に手をやり、
「大きくなったなあ」
 と、いつまでも撫でていた。
 修大(長男)は数え年六歳とで、少し離れ、じっと父の顔を見ている。温子はやがて、物珍しそうに、裸足でベッドの間を歩き廻り、だれらでも笑いかける。
 私は夕食の支度のため温子を背負い、病室を出た。七輪に薪(たきぎ)をくべ、鍋をかける。当日何を作ったかは今は覚えていない。修大は、炊事小屋の少し離れた所にある松の巨木に、小さな手を廻し、やがてしがみつき、梢を仰ぎ、
「ばかやろう!   ばかやろう!」
 と大きな声で叫んでいる。幼な心にも何か危機感を感じたのではないだろうか。 ](『夫(つま)帰り来るよ……見舞妻の記(石田あき子著)』)


(参考) 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」に因る)

一 栗咲く香血を喀く前もその後も      (唐草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中       (絮の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば      (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html
四 金の芒はるかなる母の禱りをり      (野草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前   (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変         ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す        (唐草丸紋の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす    (枯葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html
九 松籟や白息かたみにながし佇つ      (大木の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ     (木枝の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも     ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし       (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし       (肋骨の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html
一四 病む六人一寒燈を消すとき来      (ベッドの図)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚       (楢の葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて      (木立の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510241589.html

一九 頂は見えぬ赤松冬日沁みる      (松の図)
二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては    (波頭の図) 
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く    (角材の図)
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室   ※(黒地・白鷺の図)
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋)
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図)
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性と蝌蚪図)
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公 の図)
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)

[「先日は御光来忝く存じました。
 その砌ハ思ひがけぬ御話し承はりまことに光栄に存じます。欣快禁じ難く、早速、胸形変抄句とりかゝりましたが、自分で選ぶのは却って、なかなかむつかしいものだと思ひました。
 別紙の通り御目にかけますが、これにはとらはれることなく、御自由に御選び下さるよう御願申上ます。その為、別紙、胸形変の句の正誤表も同封いたしました。
 昨日ハ御手紙拝受、「壺に石楠花」之図、御恵投下さいまして有難存じました。すぐ床頭にかゝげ楽しんでをります。
 雑記の原稿も御寄せ下さるのこと、喜んで御待申上げをります。カットの件も何卒よろし御願申上げます。
 いろいろ御願のみで恐縮千万に存じますが、よろしく御ひ申上げます。
   六月八日(昭和二十五年)        石田波郷
 吉良蘇月 様          ](「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」)


(メモ)『胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・日本板画院刊)の「編纂・発行人・吉良蘇月」については、下記アドレスの『山毛欅峠 : 吉良蘇月句集』(「国立国会図書館デジタルコレクション」)で、その略歴などを知ることができる。

https://dl.ndl.go.jp/pid/12494952/1/103

吉良蘇月.jpg

 この「吉良蘇月」と「棟方志功」は、「蘇月」が学生時代からの旧知の間柄で、「志功」が富山に移住してからも、上京の折には、当時、埼玉県の飯能市で開業していた「蘇月」の歯科医院で旧交を温めていたようである。そして、その折に、「波郷」の『胸形変』が話題となり、謂わば、「波郷」同門(「馬酔木」)で、波郷を師の一人として仰いでいる、この「吉良蘇月」が、この『胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・日本板画院刊)の生みの親ということになろう。


(その二十) 「牡蠣食へり重たき肩を起しては 」

牡蠣食へり重たき肩を起しては.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/118

 季語は「牡蛎(かき)」(三冬)。「入院し、手術し、今日、重たい肩を抱き起されて、その病床で、『死』から『生』へと、それを実感するように、妻の手料理の『牡蛎』を口にしている。」

[ 何よりやはり食物と思い、週二回は、夜明け前に浦安へ出かけ、とりたての魚や、肉、卵を買い入れ、家で下ごしらえして、二時間半はたっぷりかかる清瀬通いを夏じゅうつづけた。子どもは父の家へあずけた。
 夜は内職の蒲団側を縫い、それでも、手術前に、だんだん乏しくなる金にずいぶん気を揉んだ。そんな心が通じたのか、夫は涼風の吹く頃、しだいに元気が出てきた。宮本先生も、この分なら大丈夫、手術できるでしょうと。太鼓判を押してくださった。
 手術は十月十四日ときまった。前日午後、手術のため個室に移り、いろいろ術前の検査が行われた。私は二人子を父に預け、希望をもって付き添った。今まで乳を飲んでいた温子に、泣かれは困るので、知らぬ間に抜け出してきたのである。修大にはよく言いふくめ、温子をよく見てやってくれるよう、よく頼んだ。
 時間がくると張ってくる乳房が妙にうら悲しい。今は何もかも忘れ、夫のために全力をつくさなければならない。その夜はお互いに、ベッドの上と下で、しっかり手を握り合って寝た。 ](『夫(つま)帰り来るよ……見舞妻の記(石田あき子著)』)

(参考一) 「石田波郷の『牡蛎』の句」周辺(抜粋)

https://fudemaka57.exblog.jp/23362002/

考へをれば一等兵牡蠣を食ひ去る(石田波郷「鶴の眼」)
牡蠣食へり重たき肩を起しては (石田波郷「定稿 惜命」)
牡蠣食へり病まざりし日に似もやらず(惜命角川文庫版「石田波郷句集・惜命」) 
牡蠣の酢に和解の心曇るなり   石田波郷
牡蠣すすり己欺く一語かな    石田あき子 「見舞籠」

行く年や石にくひつく牡蠣の殼      正岡子規
牡蠣の酢の濁るともなき曇りかな     高浜虚子
牡蠣はかる水の寒さや枡の中       高濱虚子
牡蠣をむく火に鴨川の嵐かな       高浜虚子
牡蠣鍋の葱の切つ先そろひけり      水原秋桜子
牡蠣鍋や今宵は雪とうらなひて      水原秋櫻子
牡蠣を剥くをりをり女同士の目      加藤楸邨
牡蠣フライひとの別れに隣りたる     加藤楸邨
牡蠣の口もし開かば月さし入らむ     加藤秋邨
だまり食ふひとりの夕餉牡蠣をあまさず  加藤楸邨
占領地区の牡蠣を将軍に奉る       西東三鬼
比喩探しをればするんと牡蠣剥かる    秋元不死男
牡蠣を割る方一尺の無言の座       水原 春郎
屋根瓦波うつよ牡蠣うまからん      永田耕衣
揚ぐるには小粒の牡蠣と嘆かるる     石塚友二
牡蠣剥くや洗ふや巌の夕汐に       石塚友二
牡蠣鍋の滴惜しんで敗の民        石塚友二 「光塵」
やすんじて牡蠣の十一月迎ふ       石川桂郎「 四温」
機嫌よき口数減りぬ牡蠣は酢に      石川桂郎 「四温」
人の死に鍋とも酢とも牡蠣まかす     石川桂郎 「高蘆」
牡蠣打つや舳の向きの島をかヘ      石川桂郎「 高蘆」
牡蠣海鼠銭吊つて笊ゆれやまず      石川桂郎 「高蘆」

(参考二) 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」に因る)

一 栗咲く香血を喀く前もその後も      (唐草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中       (絮の図)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば      (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html
四 金の芒はるかなる母の禱りをり      (野草の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前   (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変         ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す        (唐草丸紋の図)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす    (枯葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html
九 松籟や白息かたみにながし佇つ      (大木の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ     (木枝の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも     ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし       (角材の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし       (肋骨の図)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html
一四 病む六人一寒燈を消すとき来      (ベッドの図)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚       (楢の葉の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん      ※(無紋余白)
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて      (木立の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510241589.html
一九 頂は見えぬ赤松冬日沁みる       (松の図)
https://yahan.seesaa.net/article/510336309.html

二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては    (波頭の図) 
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く    (角材の図)
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室   ※(黒地・白鷺の図)
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋)
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図)
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性と蝌蚪図)
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公 の図)
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)

 『胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・日本板画院刊)の「編纂・発行人・吉良蘇月」の「吉良蘇月」については、前回に紹介したが、関連して、これに深い関わりのある「永田耕衣」と「神林良吉(現・海上良吉)」とについては、下記のアドレスで紹介している。

https://yahantei14.seesaa.net/article/509048558.html


(その二十一) 「曇天と古草の間屍(かばね)行く  」

曇天と古草の間屍(かばね)行く.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/118

 季語は「古草(駒返る草)」(初春)。この「曇天」は「古草(駒返る草)の頃の曇天」で、単独の「曇天」では、季語の働きはしない。(しかし、この句は「曇天と古草の間」と、この「間(ま・あいだ)」を介在して「曇天」と「古草」とを対比・強調しての解もあろう。)
 句意は、「古草(駒返る草)」を焦点にし、「空模様は、古草(駒返る草)時特有の曇天で、地には、その慈雨を待つかのように、古草(駒返る草)がびっしりと蔓延(はびこ)っている。その間を、駒返る(生きて帰る)ことが叶わなかった屍(遺体)が運ばれて行く。」


(参考一)  「古草・駒返る草」と「曇天」周辺

「古草(ふるくさ)」(初春)周辺

https://kigosai.sub.jp/001/archives/9933

[ 枯れずに年を越した草で、今年萌え出た若草とくらべると緑も勢いが無い。雨が降ると、美しい緑によみがえることがある。これを駒返る草という。](「きごさい歳時記」)

「駒返る草(こまがえるくさ/こまがへるくさ)」( 初春)周辺

https://kigosai.sub.jp/001/archives/16935

[ 「駒返る」は若返ること。冬枯れていた草が、春になって、再び生き生きしてくることをいう。](「きごさい歳時記」)

「古草(ふるくさ)」例句(抜粋)

https://fudemaka57.exblog.jp/25620489/#goog_rewarded

※曇天と古草の間屍行く     石田波郷
切株を包む古草雪はとべり    石田波郷
コーヒー店前古草の成長す    永田耕衣
一周り顔を大にす古草に     永田耕衣
何時古の古草爾来数百年     永田耕衣
古草のみな柔らかき桜かな    永田耕衣
古草の乱れ抱えは壌土かな    永田耕衣
古草の噫極東のビールかな    永田耕衣
古草の嬰自然たり自然たり    永田耕衣
極東や萎れ切らねば古草ぞ    永田耕衣
珈琲の目にぞ古草尤もだ     永田耕衣

「曇天」例句(抜粋)

https://fudemaka57.exblog.jp/29877489/

曇天と古草の間屍行く        石田波郷
金亀子交む曇天白きとき       石田波郷
金亀虫交む曇天白きとき       石田波郷
雲雀の音曇天掻き分け掻き分けて   中村草田男
火見櫓曇天を冬の刻移る       中村草田男
曇天の花重たしや義士祭       石川桂郎
義士祭の曇天の花重たしや      石川桂郎「 含羞」
雪吊が消え曇天の愚鈍消え      飯田龍太
大阪は曇天なりき八重桜       星野麥丘人
底光る夏の曇天煙突ども       金子兜太
農夫の胸曇天の肉をつみ重ね     金子兜太
空缶脇腹に曇天を曳く春の驢馬    赤尾兜子「 歳華集」
曇天とぶ雉子にかすかな水溜り    赤尾兜子「 歳華集」
藤村晩年の町曇天に芙蓉うかぶ    古沢太穂 「火雲」
曇天の黒点なれど声は雲雀      香西照雄 「対話」
曇天へまづ白点や辛夷蕾む      香西照雄 「素心」
菫は野に鳶職屋根の曇天に      田川飛旅子「 花文字」

「駒返る草」例句(抜粋)

https://fudemaka57.exblog.jp/29527392/#goog_rewarded

駒返る草や葬り葬られ        高澤良一「素抱」
駒返る草定年を前にして       高澤良一「 宿好」


(参考二) 『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』と「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・三十七句)との周辺(未完)

※『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』(『現代俳句大系 第八巻』所収「惜命」などに因る。)
※「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)・三十七句」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」などに因る。)

『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』と「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)・三十七句」

「秋臥(五句)」→ (昭和二十二年、三十五歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「冬日射(十三句) 」→ (昭和二十二年、三十五歳)→「同上)」無
「横光利一死(八句)」→(昭和二十二年、三十五歳)→「同上)」無
「墓の眺め(八句)」 →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「春へ(八句)」   →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「後雁(十四句)」  →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「遠母来(五句)」  →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「薄暑(五句)」   →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「療養所(十一句)」 →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無

「羸痩(るいそう)=「痩せること」(十七句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(三句)」
一 栗咲く香血を喀く前もその後も (唐草の図)→「栗咲く(栗の花)」(仲夏)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中  (絮の図)→「優曇華」(晩夏)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば (角材の図)→「蝉」(晩夏)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html

「凡に見ず(八句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「肋(あばら)(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(一句)」
四 金の芒はるかなる母の禱りをり (野草の図)→「芒(すすき)」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html

「成形(二十四句)」(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(四句)」
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前 (角材の図)→「花圃(かほ)」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変  ※(無紋余白)→「鵙」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す (唐草丸紋の図) )→「十三夜月」(晩秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす (枯葉の図)→「秋の暮」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html

「二次成形告知(五句)」  →(昭和二十三年、三十六歳)→「同上」無

「二次成形その後(二十句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(二句)」
九 松籟や白息かた みにながし佇つ(大木の図)→「息白し)」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ(木枝の図)→「悴)む」(晩冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html

「冬鶯(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(三句)」
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも ※(無紋余白)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし (角材の図)→「冬鶯」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし  (肋骨の図)→「寒夜(冬の夜)」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html

「送迎(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「ベトレヘムの鐘」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
一四 病む六人一寒燈を消すとき来(ベッドの図)→「寒燈」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html

「屍の眺め(四十一句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(七句)」
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門 ※(無紋余白)→「綿虫」(初冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚(楢の葉の図)→「落葉焚」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん※(無紋余白)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて (木立の図)→「裸木」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510241589.html
一九 頂は見えぬ赤松冬日沁む  (松の図)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510336309.html
二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては (波頭の図)→「牡蛎」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510365383.html
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く (角材の図)→「古草」(三冬)

「雪(五句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室  ※(黒地・白鷺の図)→「雪」

「雪ふたたび(五句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)→「雪後」

「早春(十一句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(四句)」
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)→」
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)→
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋) →
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図) →

「遺残空洞(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(二句)」
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)

「ブロンぺ(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性と蝌蚪図)

「予量(十七句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 

「憂患(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「長梅雨(三十二句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(二句)」
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公 の図)

「動悸(八句)」 →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「荘厳(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記二句
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)

「晩夏光(十四句)」(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記一句
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)

「癩園の籬(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「颱風過(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記一句
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)

露の楽(八句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
霧雫(八句)  →(昭和二十四年、三十七歳)→「同上」
捨菊(十七句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
接吻(八句)  →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」  
冬日楽園(二十三句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
降誕祭過(五句)  →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
家長七日(十一句) → (昭和二十五年、三十八歳) →「同上」 
水仙花(二十句)  → (昭和二十五年、三十八歳) →「同上」 

(メモ) 

一 『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』周辺
 『惜命』と重複する句集に『胸形変』(昭和二十四年・松尾書房刊)、「定稿惜命」(昭和三十年・琅玕洞刊)がある。前者は『惜命』の前身と見てよく、後者は改訂再刊と見るのがよいだろう。(『現代俳句大系 第八巻』所収「惜命(作品解説・草間時彦稿)」)

二 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)周辺
 「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・三十七句)は、上記の『胸形変』(昭和二十四年・松尾書房刊)に由来するもので、この「三十七句」は、「石田波郷自選」の「三十七句」ということになろう。


(その二十二) 「雪はしづかにゆたかにはやし屍室 」

「雪はしづかにゆたかにはやし屍室.jpg

「棟方志功全集 第5巻 (詩歌の柵 1)」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)所収「胸形變板画巻」
https://dl.ndl.go.jp/pid/12748150/1/118

季語は「雪」(晩冬)。句意は、「雪は『静かに・豊かに』、そして、無常迅速の『はやし』さながらに、「霊安室(『屍(かばね)室=「し+屍室=「屍(しかばね)室」に降り注いでいる。」

【[ 綿虫やそこは屍の出でゆく門(昭和二十四年) 
 一月厳寒の時期に、
   髭伸びて年は越えにき多弦は死にき (二日)
   枯園を屍行く見ゆ飯食へば     (六日)
   枯園をきのふ屍行きけふ行くも   (八日)
   枯園を屍を仰臥のまゝ行けり   (十四日)
   乙女の声して寒林を屍行く     (同)
   寒林の火焚けり屍ゆきし後    (同)
 これだけの句の後に綿虫の句が二十一日に出来た記している。病者にその最後を見せつける無残さであるが、戦後窮乏の致し方ない仕儀でもあった。「今日の目でこれに手を加へること」のできない一つといういうこともできる。また、右の作句経過は自らいうような単調、工夫に乏しいとはいえない。
  雪はしづかにゆたかにはやし屍室 (昭和二十四年)
 形容動詞や形容詞を三つも重ねて畳み込み、成功している。綿虫の句は茫呼としており、この句は切迫している。 ](「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『惜命』贅語』板画巻(八木林之助稿)」)

[  雪はしづかにゆたかにはやし屍室 (昭和二十四年)
 この句の原案は「しづかにゆたかにはげし」であったようである。「はげし」を「はやし」に推敲したのは、じっと見つめる目に物をいわそうとしたからだと作者は言っている。
   雪は(三音)しづかに(四音)ゆたかに(四音)はやし(三音)屍室
 と、上十二(五・七)に見られるリズムの配置に注意したい。中の四・四のリズムは雪の動態を現わしているのである。
 山本健吉は、この「屍室」に対する作者の位置を屋内と見立てている。死者を前にして瞑目する作者を考えているわけだ。室内・室外、いずれとも取れるが、霊安室内と見れば「しづかに」の措辞が一層生きて来ようが、当時の波郷の病状から推して通夜の席に連なることは一寸考えられない。「屍室」を「かばねしつ」と訓せるのはどうか。難点であると思う。
 「力なく降る雪なればなぐさまず」の句も見えている。 ](『新訂俳句シリーズ・人と作品17/石田波郷(楠本憲吉著)』)

[ 「石田波郷の雪の句]

https://yahantei.blogspot.com/search/label/%E6%B3%A2%E9%83%B7

○  雪降れり時間の束の降るごとく
 波郷には、『鶴の眼』(昭六~一四)、『風切』(昭一四~一八)、『病雁』(昭一八~二〇)、『雨覆』(昭二〇~二二)、『惜命』(昭二二~二五)、『春嵐』(昭二五~三一)、『酒中花』(昭三一~四三)そして、没後刊行された『酒中花以後』〈昭四三~四四)と、系列句集が完備されている。掲出の句は、『酒中花』に収められている。この『酒中花』は、上記の句集の収載年度に見られる、昭和六年から昭和四十三年の、波郷の三十七年にわたる作家生活の、ほぼ、三分の一(昭四三~四四)をしめると共に、波郷の生前に刊行した最後の句集として、最も充実した、最も著名な句集であり、この句集により、波郷は、昭和四十四年に 芸術選奨文部大臣賞を受ける。波郷は、中村草田男・加藤楸邨と並び称される「人間探求派」の一人として、「自然よりもより多く人間に関心が向いている」俳人と目されているが、この『酒中花』においては、波郷の言葉をしていうならば、「確かに見る」という、「俳句は偽らず、この短い詩型を生かすには、『素朴なリアリズム』がもっともよい方法である・・・」という、晩年の波郷の俳句観が色濃く宿っていると指摘する識者(平野仁啓氏)もいる。この雪の句は、これらの波郷の言う「素朴なリアリズム」の手法によって描き出された自然であろう。そして、ここに、俳句のもっとも大事なものの、波郷のいう「確かに見る」ということを根底に置いていることを実感するのである。
波郷の代表的な雪の句を年代順にあげておくこととする。
   雪はしずかにゆたかにはやし屍(かばね)室 (『惜命』)    ,
   雪片と人間といづれ雪降りつぐ       (『酒中花』)
   生き得たりいくたびも降る春の雪      (『酒中花以後』)  ]  】

(参考一)「 雪(ゆき)晩冬」周辺

[【子季語】六花、雪の花、雪の声、深雪、雪明り、粉雪、細雪、小米雪、餅雪、衾雪、今朝の雪、根雪、積雪、べと雪、雪紐、筒雪、冠雪、雪庇、水雪、雪華、雪片、しまり雪、ざらめ雪、湿雪、雪月夜、雪景色、暮雪、雪国、銀花、雪空、白雪、明の雪、新雪
【解説】雪は春の花、秋の月と並んで冬の美を代表する。雪国と呼ばれる日本海沿岸の豪雪地帯では雪は美しいものであるどころか、白魔と恐れられる。
【例句】
たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠   芭蕉「芭蕉句選拾遺」
足あとは雪の人也かはかぶり    芭蕉「むつのゆかり」
市人よこの笠売らう雪の傘     芭蕉「野ざらし紀行」
馬をさへながむる雪の朝哉     芭蕉「甲子吟行」
酒のめばいとゞ寝られぬ夜の雪   芭蕉「勧進牒」
我雪とおもへば軽し笠のうへ    其角「雑談集」
花となり雫となるやけさの雪    千代女「千代尼発句集」
うつくしき日和となりぬ雪のうへ  太祇「太祇句選」
灯ともさん一日に深き雪の庵    白雄「白雄句集」
魚くふて口なまぐさし昼の雪    成美「成美家集」
寝ならぶやしなのゝ山も夜の雪   一茶「旅日記」
いくたびも雪の深さを尋ねけり   正岡子規「子規句集」
農具市深雪を踏みて固めけり    前田普羅「普羅句集」
奥白根かの世の雪をかがやかす   前田普羅「普羅句集」
降る雪や明治は遠くなりにけり   中村草田男「長子」
白馬の眼繞(めぐ)る癇脈雪の富士 中村草田男「時機」
落葉松はいつめざめても雪降りをり 加藤楸邨「山脈」
さえざえと雪後の天の怒濤かな   加藤楸邨「雪後の天」
細雪妻に言葉を待たれをり     石田波郷「雨覆」
雪はしづかにゆたかにはやし屍室  石田波郷「惜命」
雪降れり時間の束の降るごとく    石田波郷「酒中花」 ](「きごさい歳時記」)


(参考二)『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』と「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・三十七句)との周辺(未完)

※『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』(『現代俳句大系 第八巻』所収「惜命」などに因る。)
※「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)・三十七句」(石田波郷句・棟方志功板画)周辺(「俳句研究/昭和六十二・八/特集・石田波郷の文学」所収「『胸形変』板画巻(吉良蘇月稿)」などに因る。)

『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』と「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)・三十七句」

「秋臥(五句)」→ (昭和二十二年、三十五歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「冬日射(十三句) 」→ (昭和二十二年、三十五歳)→「同上)」無
「横光利一死(八句)」→(昭和二十二年、三十五歳)→「同上)」無
「墓の眺め(八句)」 →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「春へ(八句)」   →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「後雁(十四句)」  →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「遠母来(五句)」  →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「薄暑(五句)」   →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無
「療養所(十一句)」 →(昭和二十三年、三十六歳) →「同上)」無

「羸痩(るいそう)=「痩せること」(十七句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(三句)」
一 栗咲く香血を喀く前もその後も (唐草の図)→「栗咲く(栗の花)」(仲夏)
https://yahan.seesaa.net/article/507842165.html
二 優曇華やきのふの如き熱の中  (絮の図)→「優曇華」(晩夏)
https://yahan.seesaa.net/article/507963081.html
三 蝉かなしベッド縋る子を見れば (角材の図)→「蝉」(晩夏)
https://yahan.seesaa.net/article/508139416.html

「凡に見ず(八句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無

「肋(あばら)(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(一句)」
四 金の芒はるかなる母の禱りをり (野草の図)→「芒(すすき)」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508338776.html

「成形(二十四句)」(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(四句)」
五 花圃(かほ)に水汲める見てをり手術前 (角材の図)→「花圃(かほ)」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508393480.html
六 たばしるや叫喚す胸形変  ※(無紋余白)→「鵙」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508677638.html
七 麻薬うてば十三夜月遁走す (唐草丸紋の図) )→「十三夜月」(晩秋)
https://yahan.seesaa.net/article/508941120.html
八 秋の暮溲罎(しびん)泉のこゑをなす (枯葉の図)→「秋の暮」(三秋)
https://yahan.seesaa.net/article/509098148.html

「二次成形告知(五句)」  →(昭和二十三年、三十六歳)→「同上」無

「二次成形その後(二十句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「同上・下記(二句)」
九 松籟や白息かた みにながし佇つ(大木の図)→「息白し)」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509163561.html
一〇 悴み病めど栄光の如く子等育つ(木枝の図)→「悴)む」(晩冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509305818.html

「冬鶯(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(三句)」
一一 冬日の妻よ吾に肋骨無きのちも ※(無紋余白)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509396772.html
一二 冬鶯われは病弟子胸あつし (角材の図)→「冬鶯」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509611636.html
一三 寒夜脇に肋の切口開くべし  (肋骨の図)→「寒夜(冬の夜)」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/509671280.html

「送迎(十一句)」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「ベトレヘムの鐘」→(昭和二十三年、三十六歳)→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
一四 病む六人一寒燈を消すとき来(ベッドの図)→「寒燈」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510025519.html

「屍の眺め(四十一句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(七句)」
一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門 ※(無紋余白)→「綿虫」(初冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510098153.html
一六 白き手の病者ばかりの落葉焚(楢の葉の図)→「落葉焚」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510134541.html
一七 冬日低し吾と子の間妻急がん※(無紋余白)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510216150.html
一八 妻恋へり裸木に星咲き出でて (木立の図)→「裸木」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510241589.html
一九 頂は見えぬ赤松冬日沁む  (松の図)→「冬日」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510336309.html
二〇 牡蠣食へり重たき肩を起しては (波頭の図)→「牡蛎」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510365383.html
二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く (角材の図)→「古草」(三冬)
https://yahan.seesaa.net/article/510416249.html

「雪(五句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室  ※(黒地・白鷺の図)→「雪」

「雪ふたたび(五句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
二三 雪後来し子の柔(にこ)髪のかなしさよ ※(無紋余白)→「雪後」

「早春(十一句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(四句)」
二四 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ    (梅花の図)→」
二五 三月風胸の火吹かれ打臥すも     (並び紋様)→
二六 春雷の熄みし口洞閉づるかな     (雪図紋) →
二七 春疾風屍(かばね)敢て出でゆくも   (芽木の図) →

「遺残空洞(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(二句)」
二八 屍(し)を運ぶ春丸顔の看護婦等    ※(黒地・観音像の図)
二九 雪柳ふぶくごとくに今や咳く     (雪柳の図)

「ブロンぺ(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
三〇 惜しみなく女患者に蝌蚪頒つ     (女性と蝌蚪図)

「予量(十七句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(一句)」
三一 蟻地獄病者の影をもて蔽ふ      ※(無紋余白) 

「憂患(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「長梅雨(三十二句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』) →「同上・下記(二句)」
三二 梅雨仄か命死ぬ歌頬を熱す      ※(無紋余白)
三三 灯るごと梅雨の郭公鳴き出だす    (郭公 の図)

「動悸(八句)」 →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「荘厳(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記二句
三四 日盛りのシヤワー痩躯を荘厳す    (日輪の図)
三五 業苦呼起す未明の風鈴は       ※(無紋余白)
「晩夏光(十四句)」(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記一句
三七 病者より痩せしかぐろき小鰺売り   (昼顔の図)
「癩園の籬(十一句)」→「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
「颱風過(十四句)」→(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)下記一句
三六 野分あと口のゆるびて睡りをり    (野の草の図)

露の楽(八句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「胸形變板画巻(『惜命板画柵』)無
霧雫(八句)  →(昭和二十四年、三十七歳)→「同上」
捨菊(十七句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
接吻(八句)  →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」  
冬日楽園(二十三句) →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
降誕祭過(五句)  →(昭和二十四年、三十七歳) →「同上」 
家長七日(十一句) → (昭和二十五年、三十八歳) →「同上」 
水仙花(二十句)  → (昭和二十五年、三十八歳) →「同上」  

(メモ一) 掲出の「二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室 ※(黒地・白鷺の図)」は、胸形變板画巻(『惜命板画柵』)」(石田波郷句・棟方志功板画・三十七句)の中で、唯一の「※(黒地・白鷺の図)」の、棟方志功が、これぞ、この『胸形變板画巻』の、その中心になる、その志功ならではの作品として解したい。その上で、これは、「白鷺」の図なのであろうが、波郷の主宰雑誌「鶴」に因んでの「鶴」と解して鑑賞することも、これまた一興であろう。

(メモ二)  掲出の「二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室 ※(黒地・白鷺の図)」は、『惜命(石田波郷第四句集・五百六句)』の中では、「屍の眺め(四十一句)」の一句ではなく、その次の、「雪(五句)」のうちの一句ということになる。

  「雪(五句)」
 担送車雪の廊下に夜明けをり
 ※二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室
 赤き手を口に看護婦雪はしげし
 力なく降る雪なればなぐさまず
 切株を包む古草雪はとべり

 これらの五句は、これらの句の前の「屍の眺め(四十一句)」中にある、「豆を撒く吾がこゑ闇へ伸びゆかず」「二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く」に続くもので、これは、節分の「豆を撒く」(「立春」前後)以降の句ということになる。
 即ち、「二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室」は、「一五 綿虫やそこは屍の出でゆく門」・「二一 曇天と古草の間屍(かばね)行く」(「一月・二月」) の、その「屍=冬(立春前の屍)」から、「※二二 雪はしづかにゆたかにはやし屍室」と、その再生への、響きを有している。

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